新春特別コラム:2022年の日本経済を読む~この国の新しいかたち

新型コロナへのRIETIの取り組み

森川 正之
所長・CRO

コロナ危機への経済学の対応

新型コロナ感染症は、歴史的に見ても過去の経済危機とは違った特異なショックである。ワクチンや治療薬の開発・普及が進んでいるものの、新たな変異株が現れるなど依然として終息は見通せない状況にあり、2022年もウィズ・コロナの状況は続くだろう。

コロナ危機の特徴として、①健康と経済活動のトレードオフ、②セクターによる影響の異質性、③不確実性の高さが挙げられる。感染拡大を抑えるために外出や移動を制限する措置は、少なくとも短期的には経済活動を低下させる一方、景気を刺激するための通常の経済政策は、感染者数を増加させてしまう。石油危機、世界経済危機など過去の大きなショックは製造業に強く影響したが、コロナ危機は対人接触が不可欠なサービス産業に深刻な影響を与えた。さらにコロナ危機は、企業・家計などの経済主体に対して、類例のない先行き不確実性をもたらした。

世界中の経済学者が、この新しい課題に積極的に取り組んできた。新型コロナを扱った経済学の研究論文は累増しており、多くの学術誌が特集号を組んだ。日本も例外ではなく、日本経済学会はウェブサイトにコロナ関連研究の特設サイトを設け、その機関誌であるJapanese Economic Reviewは2回にわたり特集号を公刊した。

RIETIも2020年4月から始まった第五期中期計画期間、新型コロナ関連の研究に力を注いできた。本稿執筆時点で約60本のディスカッション・ペーパーが公表され、約20本の論文が既に査読付き学術誌に公刊又は公刊予定となっている(注1)。リアルタイムの分析、政府統計では得られない情報が必要なため、株価、POSデータ、移動端末の位置情報などの高頻度データを利用した研究、企業や個人への独自のサーベイに基づく研究が多数行われている。具体的な分析テーマは多岐にわたるが、あえて類型化すると、①感染拡大の要因・対応策や医療体制、②消費やマクロ経済への影響、③産業・企業への影響、④労働市場への影響が主なものである(図1参照)。

図1 RIETIの新型コロナ関連論文の構成
図1 RIETIの新型コロナ関連論文の構成
(注)筆者作成。2021年12月中旬現在。

RIETIのコロナ関連研究

第一に、感染症自体を対象とした研究としては、疫学モデルに経済行動を組み入れたシミュレーション・モデルによる分析が代表例である(20-E-089, 21-E-004, 21-E-009)(注2)。社会的距離政策、移動制限、ワクチン接種が感染や経済活動に及ぼす影響などが分析された。また、個人へのオリジナルなサーベイに基づき、ワクチン接種の拡大に有効な方法を示唆する研究も行われた(21-J-007, 21-J-023, 21-J-026, 21-P-017)。これらは、政府の政策決定過程でも参考にされた。

第二に、消費やマクロ経済に関連する研究としては、感染症及び外出自粛措置の消費への影響に関する家計へのサーベイ(20-P-020)、POSデータを用いた週次での消費行動の変化の実態分析(20-J-037)、2020年に実施された全世帯への現金給付の消費への効果の推計(21-E-043)が挙げられる。新型コロナが拡がる中で外食や化粧品の消費が減少する一方、いわゆる「巣ごもり消費」が増加するなど消費構成が大きく変化したこと、国民一律の現金給付の限界消費性向が低いことが実証的に明らかにされた。最近は、ワクチン接種が消費行動に及ぼす効果についての分析も始まっている(21-E-079)。

第三に、産業や企業への影響に関する研究は、RIETIのコロナ関連研究の中で最も多くの論文が公表されている。株価データは産業・企業へのショックの影響を迅速に把握する上で有用性が高く、早い時期からこれを用いた研究が行われた(20-E-061, 20-E-068, 20-E-088)。企業が直面する不確実性を独自のサーベイ・データに基づいて計測した研究(20-E-081, 21-E-042)は、感染症発生の初期において中国との貿易関係を持つ企業の不確実性が増大したこと、コロナ危機は世界経済危機以上に不確実性ショックという性格が強いことを示した。ショックの波及に関するシミュレーションや事後的評価の研究も多く(20-E-037, 21-E-001, 21-J-010, 21-E-014, 21-J-031)、サプライチェーンを通じた地域間・各国間での影響拡大を明らかにしている。コロナ・ショックは、宿泊・飲食サービス、旅客運輸業などに深刻な負の影響を与えた一方、電機機械製造業、情報サービス業、オンライン小売業など「巣ごもり需要」の正の影響を受けた業種もある。コロナ下での企業の退出をシミュレーションした研究(20-E-065)は、業種や地域による異質性が大きいこと、企業の退出を抑制するためには巨額の補助金が必要になることなどを示した。企業への独自のサーベイにより、政府の企業支援策を利用した企業の特性を明らかにする研究も行われている(21-P-006, 21-J-029)。ポスト・コロナの経済成長のためには、市場での企業の選別メカニズムを活かすことが必要であり、これらの研究は今後の望ましい政策に示唆を与えるものである。

第四に、労働市場への影響を扱った研究も多い。どのような属性の労働者が深刻な影響を受けたのかを分析した研究(20-E-039, 20-E-064)は、コロナ危機が非正規労働者、小規模な自営業主、低所得者に大きな打撃を与え、経済格差の拡大につながることを示している。また、コロナ危機下の労働市場での注目すべき変化は在宅勤務の急拡大であり、在宅勤務を扱った研究も多い(20-E-073, 21-E-002, 21-E-024, 21-E-063, 21-E-078)。在宅勤務の拡大がコロナ・ショックの雇用や企業業績への影響を軽減する一方、在宅勤務の実行可能性は業種や職種によって大きく異なり労働市場における格差を拡大する傾向があること、在宅勤務の平均的な生産性は職場勤務に比べて低いことなどが明らかにされた。

展望と課題

進行中の研究も数多く、それらの中には京都大学医学研究科及びフランスのパスツール研究所と共同で行っている抗体検査を含む文理融合型の研究もあり、今後の成果が期待される。コロナ危機下で巨額の予算を投じて行われた個人や企業への様々な支援政策の事後評価は、EBPMの観点から優先度の高い今後の課題である。前述の通り、特別定額給付金の効果分析は既に行われているが、政府系金融機関による資金繰り支援、中小企業への給付金、雇用調整助成金、観光需要振興策(GoToトラベル)などの効果や副作用についての実証分析はまだ遅れている。中長期的な経済成長の観点からは、休校やオンライン授業拡大が人的資本形成に及ぼす影響の解明も重要な研究課題である。

RIETIとしては、ポスト・コロナの経済構造変化も視野に入れつつ、2022年も新型コロナ関連の研究を積極的に進めていく考えである。

*新型コロナウイルス感染症研究報告
https://www.rieti.go.jp/jp/projects/2019-ncov/index.html

脚注
  1. ^ このほか、公刊書籍として小林慶一郎・森川正之編 (2020)『コロナ危機の経済学』(日本評論社)、宮川努編『コロナショックの経済学』(中央経済社)。
  2. ^ 数字は、各論文のRIETI Discussion Paper番号(以下同様)。

2021年12月22日掲載

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