石破茂首相が衆院を解散した。今月27日に行われる衆院選の結果がどうなるか、現時点ではもちろんわからない。米国でも大統領選挙が近いが、両候補の支持率は伯仲しており、結果の予測は難しい。選挙は民主主義の根幹をなす制度だ。しかし、接戦の選挙や政権交代が政策の不確実性を高めることも多い。
不確実性は古くから経済学の重要な研究テーマだったが、世界金融危機を契機に研究が加速した。そして不確実性の高まりが企業の投資や雇用、家計の消費に対してネガティブな影響を持つことが明らかにされてきた。出生率へのマイナス効果を示す研究もある。有力なのが「リアルオプション効果」といわれるメカニズムである。企業も家計も将来見通しを前提に現在の行動を決定するので、経済成長、物価、所得などの先行き不確実性が高まると、それが解消されるまで動かずに様子見をするという理論である。
大規模災害など予期せぬ出来事は、不確実性を高めるきっかけになる。「コロナ危機」も先行きが見通せない不確実性ショックという性格が強かった。経済活動の制限に伴う直接的なマイナス効果だけでなく、不確実性の高まりが追加的な影響を与えた。
「政策の不確実性」も実体経済活動を下押しすることを多くの研究が示している。予算、税制、法律改正、金融政策などの見通しが不透明だと、政策の影響を受ける企業や家計が積極的な行動を控えるからである。結果として政策効果が減殺されたり、意図せざる副作用を持ったりする。つまり政府が不必要な不確実性をつくらないことが経済政策としても重要である。
米国で新聞報道のテキスト分析に基づく「経済政策不確実性指数」が開発され、現在は多くの国の指数が利用できる。これを開発した米国の経済学者の助言を受け、経済産業研究所の伊藤新氏が主要全国紙の記事をもとに日本の指数を作成している。世界金融危機、コロナ危機で日米の指数が大きく上昇したほか、米国では2017年のトランプ政権誕生前後からしばらく不確実性が高い状態が続いた。日本は「ねじれ国会」もあって短命の内閣が続いた07年から12年にかけて高水準で推移した。政権交代や不安定な政治が政策不確実性の源泉になりうることを示している。
日本経済は長期デフレからほぼ脱却し、人手不足が深刻になっている。こうした状況の下、生産性向上を通じた潜在成長率引き上げが経済政策の中心になるのは当然だ。ただ、研究開発、人的資本投資、規制改革などの成長政策は、その効果が現れるまでに時間がかかる。このため給付金や減税など短期の景気対策と比べ、政治的訴求力に欠ける面がある。
選挙では政治的にアピールしやすい「支援」がキーワードとして使われることが多く、財源論を度外視した様々な政策が提案される。しかし、コロナ危機で一段と膨らんだ政府債務は不確実性ショックの潜在的な源泉である。将来にわたる政策の予測可能性を高めて不安を払拭することが、企業や家計の前向きの行動を引き出す上で重要だ。
2024年10月11日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載