ジェンダー格差是正への道筋 情報開示とデータ活用が鍵

大湾 秀雄
ファカルティフェロー

男女格差問題に取り組むには、格差の存在と大きさをまず確認し、その縮小に企業が真剣に取り組むよう適切なインセンティブ(誘因)付けをする必要がある。

2022年7月、従業員301人以上の企業を対象に「男女の賃金の差異」の開示が義務付けられた。「女性活躍・男女共同参画の重点方針」は、正規雇用と非正規雇用に分け、男性の賃金に対する女性の賃金の割合を示すよう求めている。だが平均賃金を単純比較するだけでは、性別のほか年齢、学歴、勤続年数などの違いも反映されてしまう。

具体例で検討してみる。化学メーカーA社では、生産部門には高卒の男性社員が多い一方で、研究開発部門には修士・博士号を持つ女性社員が多数いる。この場合、高学歴が多い女性と低学歴が多い男性の平均を比較することになり、職種内の男女格差が職種間の男女構成差で覆い隠される。

他方、伝統的な食品メーカーであるB社では、管理職の大半を男性が占め、女性の多くは事務職だ。年齢、学歴、勤続年数のいずれも低位層に偏る女性と、全体に分布する男性で比較すると、同一属性内の格差を大きく上回る差が生じる。

最大の問題は、単に平均値を比べるだけでは企業間や業種間で意味のある比較ができないことだ。賃金差が改善を正しく反映しないため、賃金差を開示させても労働市場や資本市場を通じた圧力が働きにくい。

スイスはいち早く男女賃金格差の可視化に取り組んでいる。06年には連邦政府が、賃金に影響を及ぼす年齢や学歴などの基本属性を回帰分析で統制したうえで格差を計算できるツールの提供を始めた。5%を上回る男女格差が確認された従業員50人以上の企業は、政府調達への参加や補助金の受領が制限される。導入後、男女賃金差は3.5ポイント縮小したと報告されている。日本でも筆者らの研究チームが同様のツールを開発し提供を開始した。

◆◆◆

多くの経済学研究が、長時間労働による賃金プレミアムと性別役割分業の影響に焦点を当てている。長い時間働くほど、必要に応じて夜間や休日など通常の営業時間外に働くほど、単位時間あたりの賃金は高くなる傾向がある。この長時間労働プレミアムが男女賃金格差を作り出す大きな要因だとする主張は、いくつかの研究で支持されている。

男性は長時間労働プレミアムが発生する仕事に就きやすいのに対し、女性は家庭での負担が大きいため格差が生じる。欧米と比べて職が標準化されていない日本企業は属人的な業務の進め方が多く、長時間労働に対する賃金プレミアムが発生しやすいと考えられる。

男女の違いが特に顕著に表れるのが出産直後だ。多くの女性は出産・育児を機に「マミートラック」、すなわち家庭との両立はしやすいものの昇進・昇格からは縁遠いキャリアコースに移る。出産や育児による所得の低下は「チャイルドペナルティー」などと呼ばれ、日本は特に大きい。

女性に家事・育児の多くの負担が集中する現状を変えるには「男性が外で働き、女性が家庭を守るべきだ」という性別役割分業意識の変化を後押しする必要がある。政府は子育て世代が安心して育児休業を取得できる環境を整備すべきだ。そのためには男性の育児休業取得率や育児休業取得期間も開示を義務付け、新たに「育児休業取得者と未取得者の昇進率の差異」を男女別に把握するよう求めることも必要だろう。若い世代ほどワーク・ライフ・バランスを重視する傾向があるため、必要な対策をとらない企業ほど、時間とともに採用候補者プールは狭まる。

属人的な業務を減らしていくことが、柔軟な働き方を可能にする。業務とスキルを標準化し、マニュアル化し、IT(情報技術)活用で業務進捗を見える化したうえで、チームで取り組む業務を増やしていく必要がある。社員同士が互いを代替できるように業務プロセスを改善するのだ。可視化が進むことで、業務の効率化も進めやすくなるし、多くの企業が取り組むジョブ型雇用やスキルの体系化とも方向性は合致する。

また近年の社会科学研究は、社会的な性差に対する固定観念やそれによる差別や偏見などが男女格差形成に寄与してきたことも明らかにした。こうしたジェンダーバイアスの原因は「統計的差別」と「ジェンダーステレオタイプ」だ。

ある属性グループの過去の平均的特徴に基づき、個々の構成員の特徴を予想して行動することを統計的差別と呼ぶ。「女性は男性より仕事を辞める可能性が高い」という前提のもと、管理職が成長につながる研修や挑戦しがいのあるプロジェクトの機会を女性ではなく男性に優先的に与えるといった行動を指す。

一方、「男性はリーダーを、女性はアシスタントを務めるのがふさわしい」といったある属性に対する思い込みをジェンダーステレオタイプと呼ぶ。多くの人は、男性と女性がそれぞれそうした思い込みに合致する行動をとることを無意識に期待している。それにそぐわない「強いリーダーシップを持つ女性」は、社会から好意的に扱われず、低く評価される傾向にある。

◆◆◆

本気で男女格差の解消に取り組むには、データ活用を進めて、人材育成・処遇のどの段階で男女格差が広がっているのかを理解する必要がある。例えば採用時の基準は男女で同じか、チャイルドペナルティーはどの程度存在するか、職種・職域ごとの男女構成比にどの程度差が生じているか、男女の昇進・昇格率に差が生じるのはいつか、男女間の労働時間の差異はどの程度存在するか、業務配分、目標の難易度、研修参加率、異動・転勤・海外勤務・出向などにどの程度男女差が生じているか、などだ。

まずは重要と思われる把握項目を特定し、モニタリング(監視)していくことが実効ある施策の策定に欠かせない。こうしたデータは、気づきを与え、取り組みの効果検証にも有用だ。

図は、ある企業における業績評価と行動評価の男女別分布を比較したものだ。業績評価では性差が見られないのに、行動評価では大きな差が見られる。

図:評価分布の男女差

仮に管理職要件として一定水準以上の行動評価が求められる場合、この結果は候補者プールに大きな男女差を生み出す。行動評価に大きな男女差が生じた主な原因は、リーダーシップに関する評価の違いだった。女性はリーダーシップ力で劣るのか、ジェンダーステレオタイプに合わない行動をとることを恐れてリーダーシップを発揮できないのか、評価者が男性的なリーダーシップ像へのこだわりがあるのか、など複数の可能性を想定して、ヒアリングを重ね、必要な施策を特定しなければならない。

データを集め、必要な指標をモニタリングできる体制を整え、行動計画の策定を進めることが望ましい。組織の責任を明確にし、経営陣が格差是正にコミット(関与)することが最も重要だ。具体的な目標値と対策の中身を開示することも労働市場や資本市場での評価を高めるうえで有効だ。

2022年12月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2022年12月21日掲載

この著者の記事