女性支援に「早い選抜」を

大湾 秀雄
ファカルティフェロー

安倍晋三政権は成長戦略で女性の活躍支援をうたい、指導的地位に占める女性の割合を2020年までに30%程度とする目標を掲げている。指導的地位に占める女性が少ない背景と、目標に近づくための政策を提言したい。

日本の女性の社会進出を阻む制度的要素は3つある。まず長時間労働の規範である。能力の高い人が働き盛りに長時間働くことは社会に利益をもたらす。しかし日本企業では就業時間外の調整業務が安易に許され、しばしば優先順位が不明確なまま業務指示が与えられる。そのため末端の社員が生産性や希望にかかわりなく残業を強いられる。

2つめの問題は、日本企業に特徴的な「遅い昇進」制度である。管理職の選抜時期が遅く、その過程で長時間労働の代償が高い人があきらめて脱落する。女性の場合、昇進後に出産すれば高い給料で家事補助サービスなどを利用できるが、現状は「遅い昇進」制度の下、高齢出産リスクを考え、多くが管理職昇進前に出産する。

3つめの問題は、女性が家庭内労働に専業し夫は会社に尽くすという家庭内分業の社会的規範だ。その結果、働く女性には家事・育児の負担が集中し疲弊してしまう。

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筆者らによる最近の研究は、この3つの制度的要素が補完性を有し、互いに誘因を強めていることを示している。すなわち、長時間労働の規範は、男女の偏った家庭内分業を合理的な選択とし、それによる男性の長時間労働のコストの低下は、遅い昇進を企業の効率的な選択としている。従って、どれか1つだけを是正するのは難しく、女性の活躍を支援するには、3つを同時に動かす必要がある。

その推進には、女性の活躍の場が拡大する過程で、長期的には日本の生産性を押し上げ、経済的恩恵が広がるという認識が共有される必要がある。その最大の果実は、非効率な労働時間を是正し、高い潜在能力を持ちながら退蔵されている女性を活用することで得られる。

もう1つ重要な効果は、男性と女性の能力、行動様式、情報源が異なることがもたらす効果である。多様な能力や情報をもとにした意思決定と情報共有、役割分担を通じ生産性拡大が可能となる。

例えば、男女で異なる好みや流行などの市場情報は、それぞれのネットワークを生かして収集できる。認知能力では相対的に男性は分析力、問題解決能力にたけ、女性は言語能力(読解力、表現力)にたけていることが広く知られる。

性格や行動様式が男女で異なることも社会心理学や実験経済学などが示している。例えば女性は、相手の感情に敏感で協調性や利他性が高く、特定グループヘの帰属意識も低い。こうした行動様式と高いコミュニケーション能力は調整業務に向いている。男性は自信過剰に陥る傾向が多くの実験で確認されており、女性が意思決定に加わることで、誤った判断が減ることが期待される。

実際、筆者が米国の大学に籍を置いていた際に、学生に課したグループ課題の成績とグループ属性の関係を分析した研究では、個々の学生の能力の影響などを排除した後も、男女混合グループが、男性や女性が大部分のグループより、成績は有意に良かった。混合グループは、分析能力と調整・コミュニケーション能力をよりバランス良く備えて有利だったと解釈できる。

しかしジェンダー・ダイバーシティ(性別多様性)は、様々なあつれきやコミュニケーションの低下を通じ、短期的には職場の機能を低下させ得ることも分かっている。

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女性の登用が負の効果を生まないよう、短期的には前述の3つの問題の是正よりも、ダイバーシティ推進への理解を高め、ロールモデルを作ることに注力することも必要となろう。現在、大卒女性や管理職女性が多い職場は専門職が中心で、他部署との調整業務は限定的である。女性だけのチームを作る企業もある。こうした取り組みは、副作用が小さい分、限定的な効果しか期待できない。

今後進むべき第2段階では、プラスの効果を生むため、女性により幅広い職能経験を積ませる必要がある。先行研究は、経営陣になるには、幅広い職能経験が有利であることを示している。専門職での採用や女性だけの職場を作ることで課長までは増やせても、役員までは進めない。職能横断的な異動や社内外の調整業務を女性幹部候補生に経験させることが必要だ。

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そのためには、前述の3つの問題を克服する、大胆な政策や取り組みが必要となる。

まず、長時間労働の規範を変えるため、管理職の評価制度を抜本的に変革する必要がある。例えば、単なる成果ではなく、部署全員の総労働時間で割った生産性で判断し、いかに短い時間で効率よく成果を出せたかを評価する。

緊急事態でもない限り、所定就業時間外に取引先とのミーティングや電話連絡を入れることを控えるよう産業界が申し合わせてはどうか。ホワイトカラー・エグゼンプションの法改正を進めるのであれば、会議は就業時間内にするなど労働時間を個人が自由に選べる環境整備も同時に進める必要がある。

遅い選抜の弊害を避けるため、過渡期は優秀な女性に対し、男性よりきめ細かに会社の評価や期待を伝えるよう中間管理職に研修をすることが望ましい。通常「遅い昇進」制度では、経営側がどの社員を幹部候補として有望視しているかは全体の意欲を維持するため開示されない。

こうした非開示政策は長時間労働が容易な社員が多い場合には効率的でも、長時間労働の代償が高い社員が多い場合には非効率となる。能力が高い女性がキャリアを諦めるのを防ぐには、幹部候補生を早めに特定し、正の評価をフィードバックし、人的資本の蓄積効果が高い職場に配置することで努力を継続できるよう支援する必要がある。

多くの企業で、既に男女で異なる対応を取りつつあるとみられる。図は、ある製造業企業の人事データを用い、労働時間と昇進確率の違いを比較したものである。女性は労働時間が長い人ほど昇進確率が高いが、男性では両者の関係が弱い。

図:労働時間と昇進確率の関係が女性は高い
図:労働時間と昇進確率の関係が女性は高い
(注)筆者等による某製造業企業の人事データ分析結果。実際の平均ではなく、推計されたモデルに基づく

非開示政策の下では誰でも昇進のチャンスはあると思い、努力と実際の昇進の関係は弱まる。他方、上司の期待を伝える開示政策の下では、メッセージを受けた社員は頑張るが、そうでない社員のやる気は低下し、両者の関係は強まる。

最後に、家庭内分業に変化を与えるためにも、男性の家事や育児への参画を促進する政策の追加が必要だ。すでに個人に対しては、「パパ・ママ育休プラス」など、十分な動機づけが与えられている。にもかかわらず、男性の育児休業取得率が約2%にとどまっている。企業側の支援を引き出すための、男性の育児休業取得の開示義務付けや、専業主婦になる誘因を過度に高める現税制の見直しなど検討課題は多い。

こうした政策は、長期的にはプラスの効果が期待できる一方、短期的なコストは顕在化しやすく、既得権者の反発も強い。政治や産業界のビジョンとリーダーシップが重要な課題であることは間違いない。

2014年8月13日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年8月29日掲載

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