地方経済をどうするか 産業振興・出生増の好循環を

中村 良平
ファカルティフェロー

国主導の地域振興策は時の政権により名称や重点分野が異なる。古くは高度経済成長期の新産業都市、石油危機後のテクノポリス計画、竹下政権での「ふるさと創生」などが挙げられる。

この間ほぼ一貫して目指してきたのは「東京一極集中の是正」だ。安倍政権以降の「地方創生」でも一極集中の是正が主題であり、政府機関の地方分散や税制優遇による本社機能の地方移転が推進されてきた。岸田政権でも「デジタル田園都市国家構想」が地方創生の目玉施策となっている。

だが近年の人口移動の状況や経済指標を見る限り、東京圏一極集中は解消に向かっているとは言い難い。国勢調査で見ると、東京圏の全国人口比率は2010年の27.8%から20年には29.3%と1.5ポイント上がっている。東京圏への人口集中が続いていることに加えて、日本の人口が08年ごろにピークを迎えている。これによる地方の人口減少が鉄道など交通基盤の維持を困難にしつつある。

20年以降のコロナ禍の人口移動では、テレワークの普及もあり東京への転入超過に歯止めがかかったかに見えた。だが感染者数が落ち着きを見せた昨今の東京圏への転入超過傾向を見ると、コロナ禍での地方への人口移動は東京圏との所得格差解消を伴わない一過性の出来事だったといえる。

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国による是正対策が繰り返されてもいまだ解消されない東京圏と地方の格差の問題や、政策が目指す内容をいくつかの側面から問い直してみる必要がある。

まず東京圏と地方圏の転出入の均衡は、妥当な政策目標なのだろうか。人々の地域間移動の理由は様々だが、長期にわたり人口移動と所得格差の間には強い相関関係がある(図参照)。

図:東京圏(1都3県)の1人当たりの所得の全国との格差率と転入超過数

人々が生産性の高い地域へ移動することは企業の新陳代謝と相まって、成長力を高める。人口移動は新陳代謝の必要な条件である。転出入の均衡を無理に実現しようとすることは、日本全体の活力をそぐ可能性もある。地方の稼ぐ力(付加価値生産性)が主体的に高まることで所得格差を縮小することが重要だ。

次に、地方創生の戦略で地方の「稼ぐ力」の向上が図られてきたが、そのとらえ方は妥当だったのか。稼ぐ力については、企業の出荷額や販売額を指すことが多い。特に域外からのマネーの獲得である。これには企業誘致が近道であり、確かに域外からマネーを獲得でき、同時に雇用も一定程度は増えるだろう。

だが実際に地域に残るマネーがどれだけなのか、地域雇用が転職でなく純粋に増えるのはどれだけなのかなど、稼いだマネーの行き先をきちんと把握してきただろうか。行き先を識別し、その程度を定量化することで、間接部門を有する本社機能も併せて誘致することによる地域内への経済効果も明らかになるはずだ。

地方版総合戦略の実施で市町村単位の産業連関表を作成する自治体もある。その政策評価への活用では、波及効果の大きさを指標とすることがある。これが大きいということは、確かに施策に関係する経済主体が多いことを示唆しているのだが、実質の「稼ぐ力」を見るには地域に帰着するマネーの大きさも重要だ。

つまり稼ぐ力が地域経済に反映するのは、地域に残る付加価値額の大きさであり、その増加なくして地方の振興(格差の解消)はあり得ない。そして稼ぐのは民間企業に限らない。公共施設の利活用から得られる自治体の収入、また課題もあるが「ふるさと納税」もその一つの手段となる。

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稼ぐ力と別の政策目標を連動させる複線的施策の遂行も不可欠だ。特に人口減少に悩む小規模自治体にとっては、産業振興と人口自然増の連動が求められる。

岡山県西粟倉村には、廃校となった小学校の校舎を使った官民共同出資の「エーゼログループ 西粟倉森の学校」がある。そこが木材・木製品を移出する村の基盤産業の組織となっている。住宅部材の商社的な役割だけでなく、西粟倉ブランドを売り出す都会でのアンテナショップ展開に取り組む「地域代理店」としての機能も兼ね備えている。

森林という地域に特化した地域資源の活用により付加価値を生み出し、域外への販売とサービスにより地域にマネーを呼び込み、同時に都会からの木製品製造関連の移住者という人材も呼び込むという複線的効果を生み出している。

また伐採後の木くずを利用して、16年からウナギの養殖を始めた。環境と経済の循環で域外マネーを獲得し、さらに雇用も生まれた。若い人たちの転入により小学生の児童数は増加傾向にある。上流から下流までの経済循環が新たな産業構造を形成し、児童数の増加につながっている。

地域活性化の成功事例を目にする機会は少なからずある。ただその活性化の事例をそのまま模倣してもうまくいくとは限らない。それぞれのまちは立地環境も異なり、それぞれには固有の歴史と人材も含めた地域資源があるからだ。

逆に考えると、基盤産業のもととなる地域固有の有形・無形の資源をいかに見つけ、それに磨きをかけて育てていくかだ。弱体化した地場産業を復活させること、基盤産業候補を外から誘致することも含まれる。伸ばすべき基盤産業を識別し、産業間のつながり(連関)を強化することで域内市場産業への波及効果の向上を目指すのだ。そのために地域産業連関表を用いた経済構造分析は不可欠だ。

人口約5.2万人の鹿児島県出水市では、筆者と地元シンクタンクで2年前に産業連関表を作成して地域経済の強みや弱みの「見える化」分析を実施した。その結果を基に農業生産性の向上策、自主企画のできる情報サービス業の創出プランを提案し、現在遂行中だ。

インバウンド(訪日外国人)観光で地方創生を目指す自治体もある中で、沖縄県竹富町では23年3月に策定した観光振興基本計画の実効性を高めるべく産業連関表を作成し、観光関連産業主体の地域産業構造から新たな産業構造への脱皮を試みようとしている。

新たな産業構造を目指すための基盤産業の育成は、リカードの比較生産費説に基づく。ただし比較優位にある産業に重点化するに当たっては、潜在需要が十分にあるか、価格優位性があるかといった市場性の検討が必要となる。需要が小さいと、いくら努力しても「稼ぐ力」は大きくならない。

価格に関して優位性がない場合は財の差別化で対抗する必要がある。「代替の価格弾力性が小さい」もの、すなわち少々価格変化があっても簡単には代替品への購入には向かわないものを生み出すということだ。

個々の市町村の人口自然増が限られる中では、各自治体の転入増加策は限られたパイの奪い合いとなる。厳しい生き残りのなか、出生者数と連動した新たな産業構造を創出した自治体が持続可能になる。政策代替案の効果をシミュレーションして、まちの新たな産業構造の「見える化」を目指したい。これらの努力が地方からの地域創生となる。

2023年6月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年6月30日掲載

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