域内循環型の経済を目指せ 地方創生の視点

中村 良平
ファカルティフェロー

日本は高度経済成長を経て経済的に豊かになったが、その間に進んだ東京一極集中による地方との格差拡大とそれに関連した地方経済の活性化は、歴代内閣が対策を打ち出すも、長年解消できていない課題だ。

2014年秋からのローカルアベノミクスともいわれた地方創生は、稼ぐ力や雇用の創出による地方の人口維持や東京圏の過度な集積から生じる格差是正が目標だった。具体的には若者の雇用創出、地方移住の促進による地方と東京圏との転出入の均衡、東京本社の地方移転の推進、コンパクトシティーの推進などだ。

他方、地方自治体はこうした施策を受け止めるべく人口維持を目指した地方版総合戦略を策定し、地方創生の名の下で多額の財政支援がなされた。地元産品の付加価値を高めブランド化した商品の販売や、地域資源を活用した観光戦略による域外マネーの獲得など、稼ぐ力を高める取り組みも増えている。個々の自治体レベルでは成果も上がっているが、人口移動や地域間の所得格差といったマクロ指標をみる限り東京集中の状況は改善されていない。

若年層の有業者は、全国では5年間で約70万人減少するなか、東京の全国構成比は0.7ポイント上昇している(表1参照)。これまでは地方経済の中心都市(多くは県庁所在都市)が県内他地域から若者を集め、その若者が東京圏へ転出していくという構造だったが、県庁所在都市でも多くが転出超過となっている。こうした人口移動の結果を反映して、東京の人口割合も6年間で0.6ポイント上昇している。

表1:東京都の全国構成比(地方創生前後の比較)
図2:産業の多様性と経済効果の関係

また所得面では課税者対象所得の割合が1.4ポイント上昇し、金融面でも預金や貸し出しなどの割合は東京一極集中の傾向が一層高まっている。ミクロな個別の活性化とマクロ指標の動向は必ずしも連動しないが、それでも地方での雇用や人口の維持に厳しい状況が続いている。それにコロナ禍が追い打ちをかけている。

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しかし地方を主体としてみたとき、地方創生へ取り組む戦略に課題もみえてくる。1つ目は潜在的な稼ぐ力を持った基盤産業を見いだせてない点だ。農産物や製造品といった有形のものにこだわっていないだろうか。地域にある固有のサービスをIT(情報技術)を使って移出することも可能だ。またこれと有形のものを組み合わせて稼ぐ力を顕在化することもできよう。

2つ目は移出先の偏在と固定化だ。地方経済が首都圏の経済成長による恩恵を長く享受してきた結果、地方にも東京依存の体質が定着している。ブランド型1次産品の出荷先が東京市場に大きく依存してきたことが指摘される。これはコロナ禍ではっきりしてきた。

近年、地域活性化に貢献してきたインバウンド(訪日外国人)も、多くは東京への来訪者の延長線上にあった。インバウンドに依存した地方の観光戦略も地域振興のあり方も、コロナ禍を機に発想を地域循環型に変える必要があろう。実際、コロナ禍での観光は近場観光の掘り起こしであり、これはマネー獲得先の多様化を示すとともに、地域資源の発掘にもつながっている。確かに首都圏は巨大な消費市場だが、リスク分散の観点からも多面的に販路を開拓すべきだ。

第1期の地方創生は、稼ぐ力をつけ、それに関連して雇用力を高めることが地方版総合戦略の経済面の主眼だった。稼ぐ力をつけてもその成果が生まれないのは稼いだマネーが域内で十分に循環せず、波及効果が生まれていないことに原因がある。これはBtoC(消費者向け)の消費活動が域外へ出ていることだけではない。BtoB(企業向け)取引でも循環が十分になされていないことを意味する。これが3つ目の課題だ。

この克服を目指す取り組みが、小さな規模の自治体から生まれている。換言すると、草の根的な経済循環を構築する取り組みだ。このマネー循環型の地域経済を構築する取り組みを可能にしているのは、キャッシュレス関連の技術進歩であり、推進の契機はコロナ禍でのマネー循環の停滞だ。

広島県庄原市の東城町地区では、商工会が19年4月に電子マネー機能付きICカードを導入した。地元での買い物にポイントを付与することで、消費の域外流出の抑制による経済活動の維持を目指した。発行枚数は人口の9割を超える。

地域ICカードで経済循環を目指すうえでのもう一つの課題は、決済業者がどこに立地しているかだ。東城町では決済業者が地元商工会なので加盟店が払う手数料も地元に還元され、地域マネーの循環を担える。実際、地元の小売販売額も維持でき、地域経済の縮小を食い止める効果があったことが検証されている。

また得られた手数料収入の活用は、通学時の児童や高齢者の見守りサービスにも広がる。専用カード読み取り機にかざすとポイント付与とともに、安心・安全情報が保護者に届く。商工会では県境を越えた広域的な連携も試みている。庄原市もこの電子カードや決済ノウハウを活用し、21年1月以降にICカードを全市民へ配布する方針だ。

岡山県奈義町は約6千人の全町民にICカードを発行している。町内での買い物に対するポイント付与に加え、ウオーキングの推進や健康診断、ボランティア活動、議会傍聴といった多様な町民活動に対しポイントが付与され、地元の加盟店で利用できる。町内経済のみならず、疎遠化する地域コミュニティーの維持活性化にも貢献している。

人口が10万人規模の愛媛県西条市でも、市内消費のみならず市内取引を活性化させる経済循環を目指す同様の取り組みが始まる。

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しかし経済規模の小さい自治体であるほど、循環の維持・継続には困難が生じてくる。産業や人材の多様性に限界があるからだ。わがまち(市町村)で循環できないことは通勤圏域や2次医療圏域、さらには広域経済圏域という空間的につながりを広げて、人や産業の多様性を獲得し、循環を高めていく発想が求められる。具体的には地方創生とも関連する連携中枢都市圏のような広域連携の制度を積極的に活用することだ。

図2は広島・岡山県にまたがる備後中枢都市圏を構成する7市2町について、横軸には多様性の指標として従業者数で測った特化係数の標準偏差、縦軸には特化係数で推計した稼ぐ力のある産業から派生する従業者の割合をとりプロットしたものだ。単市町より圏域で多様性が高く、雇用波及効果も中枢市に近い数値となっていることがわかる。

そしてこうした取り組みを地方に根付かせて持続可能な地方経済を目指すには3つの人材が必要となる。第1に地域事情に詳しくネットワークを持つ人材だ。稼ぐ力のリスク分散にも貢献する。第2に地域課題を客観的データで分析できる人材だ。効果の検証には「産業連関表」の利活用も必要になってくるだろう。第3にシステムを組めるITに詳しい人材だ。地方はコロナ禍のなか、企業よりもこうした人材こそ積極的に誘致すべきだと考えられる。

2020年10月22日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2020年11月13日掲載

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