産業振興と子育て支援
かねてから地域の産業振興は、雇用の創出や所得の拡大が政策目標となってきた。他方で、地域の少子化対策としては子育てのための補助金支給が中心であり、両者は相互に関連性を意識せず独立に行われていることが多い。所管する部局が異なるので、ある意味仕方ないことかもしれない。
人口動態は自然増減と社会増減から成り立っているが、自然増減と社会増減の関係は独立ではない。若い世代の転入が多くなれば自然増減は増加に向かうであろうし、逆に若い世代の転出が増えれば出生数にも負の影響を与えることになろう。社会増減の要因には、雇用機会が大きく関わっている。そのことはとりもなおさず地域の産業振興策とのつながりを意味している。また、子育てのための補助施策が充実していることが周知されれば転入者の増加にもつながり社会増に貢献するであろう。このように自然増減と社会増減にはリンクがあり、地域政策の観点からすれば、産業振興策と少子化対策は連動していることが求められる。
岡山県にその事例となる自治体が2つある。いずれも県北の小規模自治体であるが、1つは周囲を山に囲まれた人口が1,500人に満たない西粟倉村(にしあわくらそん)であり、もう1つは先般(2月19日)に少子化対策の先進地事例として岸田総理が訪れた奈義町(なぎちょう)である。
出生率2.95(2019年)の町
この奈義町は県北東部に位置し、面積69.54km²、住民人口5,766人(2022年1月1日)の小規模自治体である。その一方で「陸上自衛隊日本原駐屯地(にほんばらちゅうとんち)」を有し、財政力指数も0.32と同程度の人口規模の自治体に比べて高い方である(注1)。奈義町は1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数を示す合計特殊出生率が全国トップクラスで、「奇跡のまち」と呼ばれている。
2014年に合計特殊出生率が2.81と非常に高くなり注目されたのだが、2005年時点では1.41と低かった。現在も高い水準を維持できているのだが、どうしてここまで高い水準が保てているのであろうか。そこには「子育て支援施策」だけではなしえなかった「町民」を核とした地域活動があって、住民同士の交流と行政の施策がうまく回っている(循環している)ことにある。
ハード面で言えばまちのコンパクト化である。町役場は町の中央よりほんの少し西南寄りに位置する。役場の周りには町文化センター、町保健相談センター、奈義町現代美術館、町立図書館、奈義保育園、なぎチャイルドホームなど町の主要施設が集まる。また少し歩けば介護予防施設ウォーキングプールや定住促進施設であるセンタービレッジ奈義もある。コンパクトなまちづくりとなっており、休日には小さな子どもをつれた家族の姿がある。
もちろんこれまでもいくつかの子育て支援策はあったが、今の居住者だけでは出生率の維持ができない。維持するには若い世代の転入者を増やさなければならない。それには若者が実際に移住したいと思うくらい独自性の高い思い切った子育て支援が必要だ。現在、奈義町には医療費の高校生までの無料化(高校生は入院費が無料)や在宅育児支援手当、不妊治療手当のような独自性の高い子育て支援策がある。
しごとコンビニ
合計特殊出生率は2014年に2.81になったが、町が「消滅可能性」自治体に含まれてしまっていた。町は2015年の「奈義町まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定時に、町民へのアンケートやインタビューによって、子育て中の女性から日中の仕事の需要をとらえた。そこで生まれた組織が「まちの人事部事業」である。ちょっとした仕事の外注先を求める町内の事業所と、ちょっとした仕事を請け負いたい町民をつなぐ事業である。町民は事前に「しごとコンビニ」に登録しておく。町内の事業所からまちの人事部が受託した仕事情報が、しごとコンビニ登録メンバーへ配信され、受託登録メンバーが作業場所に出向き、作業後、報酬を実施メンバーで分配する。
産業と自然増の好循環の村
もう1つの西粟倉村の例は、まさに産業振興と自然増が連動したものとなっている。
西粟倉村では「100年の森」構想の下、民間会社の「共有の森ファンド」を通じて、2018年で4900万円に達しており、その資金は森林組合で使う機材等の購入に充てられており、生産性の向上に貢献している。
また、学校統合で廃校となった小学校の校舎を使って設立された官民共同出資の株式会社「西粟倉・森の学校」がある。木材・木製品製造を中心とするここが村の移出産業の基盤をなす組織となっている。この学校は、木材加工品の内装材や住宅部材の販売する「住宅の商社的」な役割だけでなく、エコツーリズムの観光客や研修生の誘致、西粟倉ブランドを売り出す都会でのアンテナショップ展開に取り組む「地域代理店」としての機能も兼ね備えている。森林資源を直接移出するのではなく、それを加工することで付加価値をつけ、また同時に都会からの移住者という雇用も生み出している。つまり、森林という地域に特化した地域資源の活用によって、域外への販売とサービスによって地域にマネーを呼び込み、人材も呼び込んでいるのである。
一次産業である村の林業を生かすのに二次産業の木材木製品製造業を創り出し、また、森林を伐採したあとの木くずを利用して2016年からウナギの養殖を始めた。環境だけでなく経済循環でマネーを獲得し雇用も生まれた。若い人たちも転入してきて、小学生の生徒数は増加傾向にある。[一次産業・二次産業・三次産業]という上流から下流まで、ものとお金の流れをつなげた地域経済循環を実践している好例である。
まちづくりの視点
中山間地や離島など環境の厳しい自治体が人口減少を食い止めるために何をすべきか。こういった自治体の多くは人口が1万人以下のところが多い。これは首長が住民の顔を見た行政がやりやすいことも理由の1つかもしれない。しかしその本質は、そのまちならではの比較優位な施策で個性を打ち出し、それを全国発信することで若い移住者を呼び込んでいることである。少し表現を変えれば、まちの資源を生かして外からマネーを稼ぎ、それを子育て支援に代表される住民生活の向上に投資する、まさに出生率向上と産業振興がリンクしたまちづくりなのである。