地域経済循環の理解
アベノミクスの実践で「経済の好循環」の必要性が盛んに言われている。金融緩和や財政出動などによって企業収益が上がる。それが生産に貢献している雇用者への所得として必要十分に分配され、さらに分配された所得が消費に回る。また消費に回らなかったマネーは金融機関に預けられるものの民間企業の資金需要から投資の形で有効需要に戻ってくる。これらのサイクルの中で雇用環境が改善され、所得の伸びが消費や投資を喚起する一連のサイクルを持って「好循環」ということになる。
ところが「地域経済」が対象となると循環は単純ではない。生産、分配、支出の各段階において、国民経済に比べて財貨・人の出入りが格段に大きいからである。
図1は生み出された付加価値から分配された所得の行き先を示したものである。ここで所得に対する課税分は、一旦、資金循環からは漏出することになるが、間接的に公共サービスの提供という形で反映される。課税後の可処分所得については、消費にまわるか貯蓄されるかのいずれかである。地域の中にある店舗で消費すれば、それはとりあえず地域内でのマネーの循環にはなるが、域外資本の為にその売上金がまちの外に出て行ってしまう場合には漏出となる。貯蓄の場合は、そこで経済循環からの漏出となるが、それが金融機関の融資などを通じて地域への投資に向かえば経済循環に再び戻る。しかし、地域に投資先がない場合には、そのマネーは有価証券の購入やコール市場での運用に向かい地域からの漏出となる。
地域経済構造分析
このように地方経済が内包している「まちの経済」の構造的問題を解決するには、当然、まちの経済構造を変えていくしかない。それには筆者が提案し、かねてから各地で実践してきている構造改革のメソッド「地域経済構造分析」が有効である(注1)。これは、次の3つのサブアプローチからなっている。
(1) 地域経済の循環分析(フロー分析):実物経済と金融経済の2面分析(注2)
(2)地域経済の資産分析(ストック分析)
(3)地域経済のポートフォリオ分析
このうち、(1)について具体例を示しつつ述べる。これは「地域が地域の外に対して財の出荷やサービスの提供で、どの程度、地域の外からマネーを稼いできているのか、そして、そのマネーが地域の中で十分に循環しているのか」を数字で見るものである。特に、後者について言い換えると、それは「マネーが地域内で、どれだけの人々にどの程度、生活の糧である収入、所得になっているのか」と同時に、「地域のマネーがどの程度、域外に出て行っているか」などを見るものでもある。
具体例として、岡山県のある市で作成したフローを図2に示している。地方交付税や年金給付などは統計資料から得られるのであるが、他の数値に関しては、実際の事業所や世帯へのアンケート調査と既存統計を組み合わせて得られるものである。これらは地域の産業連関表を構築することによって得られる副産物である。一定の時間と費用はかかるものの、そこから得られる情報は貴重である。図から、域外を主な販売市場とする産業にとっての地域の交易収支は55.5万円の黒字となっているが、域内市場を対象とする産業部門では88.6万円の域外依存となっている。この部門に対しては1人当たり年間で151.4万円が消費に回っているわけだが、それらに対して域外からの購入分は141.1万円であることが示されている。
もちろん単に状況を把握するに留まるのではない。規範的な産業連関分析を拡張することで、域内循環の程度に応じた経済波及効果の違いを明らかにすることもできるのである。
地域経済の循環分析には、財貨のフローを見る実物経済の分析に加えて金融経済を見る資金循環分析がある。この資金循環分析は、地域経済の分析では従来から最も手薄なところであった。対象となるのは、地域間の財の取引を伴わないマネーフローで、多くは信用取引によるものであるが、年金や交付金といった移転所得、さらには企業や家計の送金なども実物経済の取引という対価を伴うものとは異なる移動で、地方都市にとっては無視できないマネーの漏出源となっている。
地域経済の循環分析がフローに焦点を当てたものであれば、そのフローを生み出す源泉であるストックについての分析も必要になってくる。生み出されるフローの源泉はストックという蓄えにあるからである。これが(2)の地域経済の資産分析である。まちの有形無形の資産分析をすることは、都市や地域の比較優位性の発見にもつながる。
地域経済は、しばしば外的な景気変動の波を受ける。これに対して、より頑健な地域産業構造を構築することが安定性と持続可能性を高めることになる。産業別の生産額の変化率をリターン(収益性)とし、対象期間でその分散をリスクと考える。たとえば、生産額の変化率は期間平均である程度高いが、変動も大きい産業は「ハイリターン・ハイリスク」となる。逆に、生産額の変化率は期間平均で高くはないが、変動も大きくない産業は「ローリターン・ローリスク」となる。どのような産業の組み合わせが、まちにとって、一定の収益性を維持してリスクを最小にできるかを考える。これらの望ましい産業の組み合わせがポートフォリオ分析となる。
これら(1)・(2)・(3)を主軸として地域経済構造分析がなされるが、このなかでも地域創生を具体化させるにあたって重要な役割を演じる部分は、「地域経済構造の識別と相互の関係」と「地域経済の連関と循環」である。前者では、稼ぐ力のある基盤産業と、どのような産業が地域の雇用を支えているかという雇用吸収力のある産業を識別する。これは雇用面からみた産業振興策において重要なことである。付加価値を生み出すがあまり雇用を吸収できない産業は、それは労働生産性からすれば高いのであるが、そういった産業が多ければ雇用を含めた地域の経済規模は維持できない。したがって、まずはどのような産業が地域の雇用の担い手であるかを把握し、それらと域外から所得を獲得している産業とがどのような関係になっているか、さらに地域に付加価値を創出している産業かどうかを識別することが肝要となってくる。
後者について、連関とは、まちにある産業・企業間のつきあいが密接であるかの検証である。たとえば、生産に必要な投入要素をまちの中から調達できているかどうか、逆にまちの企業が生産要素を供給できているかどうかなどといったことである。このことは、ある産業が頑張れば、その産業が利用する中間投入物を生産する産業はいわゆる需要効果を享受することを意味している。また、その産業の生産物を投入要素として用いる下流企業に属する産業は投入効果を受けることになる。産業連関分析において、ある産業の生産活動が変化した場合にどのような産業がどの程度の影響を受けるかといった連関効果をみることは地域経済の循環性を測る尺度となる。
地域内経済循環の落とし穴
日本全体でのモノや資金の循環を大きな循環とすれば、市町村レベルではもっと身近な意味で小さな循環を考えることになる。
しばしばその具体策として、まちで稼いだマネーの漏出を防ごうと、できるだけ地元産品の購入を心掛けたり、地元の小売店で買い物を推奨することがある。いわゆる地産地消の実践で、確かにこれによって所得の漏れは小さくなり、まちの経済循環効果も大きくなるであろう。
ただ、これを追求することが正しい経済循環の姿なのかについては疑問の余地がある。同じ品質であれば価格の安いものを、同じ価格であればより品質の良いものを消費者は選択したい。域内調達で所得の流出は防げるが、それが行き過ぎると高コスト構造になり、地域居住者の効用はかえって低下することになる。高いものを買うことは地元の生産者利潤を増やす反面、消費者の効用を低下させるのである。そして、このまちでの循環効果が上がることは、このまちへ売っていた地域の移出効果が低下することになる。一面だけを見て判断をしてはいけない。正しい経済循環とは、比較劣位や地域でないものは域外に依存する一方で、地域の中で優位なものを磨いて外からのマネーを獲得することである。
また、外貨獲得のために移出産業を育成することは必要だが、地域経済の規模が小さい場合(産業集積が薄い場合)は、移出を増やすことで場合によってはそれ以上に移入が増えることになる。そのためには、移出部門の投入産出構造を把握しておく必要がある。ここを見ておけば、重点的な施策をどうすれば良いのかがわかるはずだ。地域の身の丈に合った自給が大切なのである。
地域経済構造分析の実践
このような問題意識からまちの産業連関表を作成し、それを用いて地域経済構造分析を実施することによって持続可能なまちづくりを目指す自治体は増えてきている。地方創生が始まった2014年以降で筆者が関わった自治体を挙げると、兵庫県豊岡市、朝来市、鹿児島県鹿屋市、愛媛県新居浜市、松山市、熊本県天草市、宇城市、新潟県佐渡市、岡山県津山市、笠岡市、高梁市、里庄町、奈義町、久米南町、宮崎県宮崎市、小林市、西米良村、広島県福山市、千葉県南房総市、長野県塩尻市、徳島県美馬市など数多くある。
その中から新居浜市と朝来市の例を紹介する。新居浜市は人口が約12万人の工業都市である。市の基幹産業は住友グループの企業群で形成されている。新居浜市では、住友系企業がまちの経済にどの程度貢献しているかを定量化するとともに、地域経済の課題を洗い出し、新たな発展を探るために産業連関表を作成し地域経済構造分析を実施した。結果、住友関連企業の波及効果がかなりあるものの、稼いだマネーを域内で循環させる仕組みの構築が必要であることが判明。そこで、市では「新居浜市ものづくり産業振興ビジョン」の見直し(16年2月)や総合戦略において、経済構造分析の結果に基づき、域内循環の向上を目指す目的で地域中核企業と地域内の中小企業との繋がり及び取引拡大を図るための新規事業を実施している。
また兵庫県但馬地域に位置する人口3.1万人の朝来市では、13年度の経済成長戦略策定に先立って産業連関表を作成し、特に竹田城の観光効果を高める戦略や農産品のブランド化、6次産業化についての移出と循環効果の分析を行った(注3)。こういった経済構造分析を実施することで、経済効果の見込める事業の絞り込みを実施して戦略を立てたのである。そして、昨年度には産業連関表を更新し、それによって経済成長戦略における実施事業のKPIに基づくPDCAサイクルの実践もできることになった。
企業の経営戦略も人が考えるのと同様に、地方創生の具体的な打ち手も最終的には人が考えるものであるが、地域経済構造分析はそれを考えるための重要で客観的な情報を提供するのである。
『月刊ガバナンス』2017年7月号に掲載