地方経済の自立と持続可能性に向けて

中村 良平
ファカルティフェロー

手探り状態の地域振興策

地域自立のための自治体再編策とも言われた平成の市町村合併から10年近くが過ぎようとしている。特例措置もまもなく終わりを迎え、生き残りをかけて合併したという自治体の多くが、いま合併の評価とまちの将来に悩んでいる状況だろう。また、合併特例債のなくなる数年後には、収支不足に陥る可能性の合併自治体も少なくない。

財政の逼迫を目前にして各自治体は、いわば乾いたタオルを絞るようにしてでも行革を更に推進し、同時にまちの経済活性化のもとになる産業振興策を打ち出していく必要に迫られている。これは合併をしなかった地方の市町村もまた同様だろう。しかし実際のところ、現在ある事業を削るのとは違い、無いものを生み出していく産業振興は手探りの状況である。

実際問題として、企業誘致、住宅建設や道路事業などの公共事業、大型商業施設の誘致、どの施策も地域にとって有効性のほどは怪しく思われる。最近流行の環境関連産業の誘致、太陽光発電などの誘致にしても、本当のところどれだけ「まちの経済」にとって効果があるのであろうか、これまた、よくわからない状況である。また、施策を列挙し得たところで、その優先順位をつけるための経済評価すらおぼつかない感じである。もともと市町村では分析に耐える基礎統計データ自体が、都道府県や(昔からの)政令市とは違って不足している。まさに地域活性化は手探りの状況であると言える。

地方経済の漏れ

政策の有効性を見極めるには、まずまちの中と外でのものの動きとお金の流れを知る必要がある。もう少し細かく正確に言うと、企業間や消費者との財やサービスの流れ、マネーフローである「産業の連関構造」を知る必要がある。これは、B to B、B to Cの取引である。そして、それらについてのまちの内外の出入りの状況を把握する必要がある。

まちの経済あるいは地域経済は、一国の経済よりもずっと人や物の移動が大きく開放性が高い。それゆえに外から入ってくる分も多いが、同時に域外に漏れてしまう部分も少なくない。せっかく地域に入ってきたマネー(資金)が域内に循環することなく、そのまま域外に漏出していく例は、地方のまち(市町村)に特に多く見受けられる。その原因は、地域経済の規模の小ささにも由来する産業の連関構造の希薄さと循環構造の低さにある。これを変えなくては、いくら地域振興策を実施してもザルに水を注ぐがごとく地域への経済効果は漏れる一方である。真の住民が実感する効果は期待できない。

地域経済効果の漏れというのは、所得が消費に回った場合と使われずに貯蓄された場合の双方において起きる。まず、住民が域内で消費をすれば、小売店等の従業者の給与につながり、その従業者が再び消費をするという地域内での経済循環が生まれ、域内の雇用機会や域内所得を増加させるだろう。しかしながら、しばしば地方圏において域内消費の比率が高まっても、大手量販店での消費(店にとっては収益)が必ずしも域内に再投資されるとは限らず、地域の所得とはならないことがある。また域内産業への生産需要には必ずしも直結しない。この結果、域内の商業販売額が増加しても、域内の生産需要、域内所得の大きな増加にはつながらないことになる。これが消費支出されたマネーの漏出である。

次に使われずに貯蓄された場合だが、それが金融機関などを通して地域への投資に回れば、マネーは循環し域内の誰かの所得になる。しかしながら、地域に有効な投資先が見出せずにマネーが域外に出ていくことがある。コール市場で運用され他の地域の資金需要を満たしたり、また国債購入などの有価証券となって資金が循環しないことがある。さらに、都会の大学に通う子供への仕送りとなって所得が移転されていくことも無視できない金額である。

持続可能な地域社会

地方自治体がまちづくり、地域振興、産業活性化を考える上で、今日、地域の産業連関構造をきちんと把握する必要性とその需要はますます高まってきている。経験とカンに依存する施策ほど、地域の居住者や企業にとって不幸なことはない。産業連関構造を把握することは、地域経済におけるマネーの漏出をきちんと理解することであり、無駄な漏出を最小化する努力をすることである。これが自立する地域経済につながる。

持続可能な地域経済とは、基本的に「自立できるシステムが継続していること」とここでは定義する。そのためには、(1)地域資源の有効利用(比較優位性)、(2)域内に資金を呼び込む力(移出力)、(3)域内の資金の流出を防ぐ力(循環性)、が必要となる。地域資源の有効利用は、最近はやりの「地域ブランド」にも通じるところがあり、これは移出という形で域内に外部から資金(マネー)を呼び込むことになる。

比較優位性を活かして地域の移出を高めていくのは地域自立の基本的概念であるが、時代(時間)とともに地域の比較優位性というものは変化する。それは、新たな競争地域の出現や需要地域の嗜好の変化などの理由による。したがって、絶えず比較優位なるものを作り出していく必要がある。地域間競争の文脈で考えると、競争優位性の維持とも言えるだろう。

移出(や輸出)によって獲得したマネーは、税引き後、家計の消費や企業の投資に回る。ここにおいて地域が抱える課題のひとつは、こういった需要に域内で対応できているかどうかである。地方自治体レベルで活性化を考えても広域圏(経済機能圏域)で考えても循環すべきシステムは同様である。先にも述べたように、域内で対応できていない場合が多いほど地域が獲得した資金(マネー)が域外に流出していることになる。

もうひとつは、移出するのが最終消費財でない場合、地域でより最終需要財に近い状態に持っていってから移出することである。これによって生まれる地域内の経済循環効果は、雇用効果も含めて、従来の中間財移出型(あるいは素材や一次加工品移出型)に比べて地域経済にとって効果(対費用)はより大きいものと予想される。経済循環効果が具体的にどのようなものになるかを調べておくことによって政策の有効性が判別できると言えるだろう。

比較優位な地域資源の発見

地域資源は、他の地域にない絶対的に優位なものと自分の地域の中で相対的に優れて優位なものとに区別される。その優位なものは、一般に地域の「ストック」であることが多い。

経済循環分析は、基本はフローについて見るものだが、このフローというのは、ストックから生まれて来るものである。またフローからストックが形成される。人口移動というのはフローだが、その結果として地域の人口というストックが変化する。つまり、流入するフローでストックが形成され、流出するフローでストックが減耗・減少するのである。

こうした関係の示し方については、未だ確固たるものはない。自治体の資産と負債を表にした貸借対照表というのが対応する気もするが、私のイメージとは少々違う。

地域のストックには、私的資本、人的資本、社会資本、自然資本などの地域に賦存している資産量の調査が必要である。たとえば、自然資本の1つ、「森林資源のストック量」を把握しておくことは、二酸化炭素の潜在吸収量の把握になる。また、人的資本には、優れた人材を発掘し育成すること、優れた伝統技術やノウハウを蓄積し活用することなどが関係してくる。最近よく言われるソーシャルキャピタルもこの範疇に入る。こういったストック調査は、都市や地域の比較優位性の発見にもつながる。

産業連関構造

地域にとって優位なストックを活かすには、それが産業の川上にある原材料や素材のようなものであれば、如何にそれを使った移出品を創っていくかということになる。また、地域で創られたものであれば、如何にそれを域外に売ることで、地域の産業発展につなげるかということになる。

こういったことを考えると、地域における産業間のつながり(連関)はとても重要になってくる。ある産業が好調だと、その産業が生産に用いる中間投入物を生産する上流産業は、派生需要効果を享受することになる。たとえば、最終消費財を製造する「乗用自動車」部門での生産需要が高まると、川上にある自動車関連部品製造業のアクティビティが高まる。

また、パソコンの普及で紙需要が上昇し、それで紙加工品製造業の生産規模が高まり、それがパルプ・製紙工場の立地を促すといった産業連関の波及効果も同様である。

さらに、ある年が猛暑で、ビールが売れたとしよう。そうすると、ビール工場の生産がアップするが、それは投入されるホップ、アルミ缶の需要増加を伴うことを意味する。ホップの生産(サッポロビールのホップ生産は上富良野の所得増加につながる)は、輸入の増加や缶工場の生産増加にもつながる。このように川下である最終消費者の方から需要が上がっていき川上に位置する産業を活性化することを後方連関効果と言う。

これに対して、ある産業の技術開発で新製品が生まれると、その産業の生産物を投入要素として用いる下流企業の産業は、いわゆる供給効果を受けることになる。たとえば、新素材の発明は組み立て加工メーカーの便益になる。ヒートテックという素材の開発は、その川下にあるアパレルメーカーの利益に供した。これは川上からの効果なので前方連関効果と言う。

このように産業の川上部門と川下部門の間のつながり、つまり産業連関は、地域振興を考える上でとても重要な概念だということに気付く。それが地域の中で密であれば、資金が地域の中を循環することになり、それが誰かの所得になるからである。

大阪府の産業連関表(108部門、2005年)によると、医療・保険部門の産出額は約32.6億円で、商業、金融保険業に次いで3番目の大きさとなっている。その中間投入額においては、医薬品が37.9%を占めている。しかしながら、大阪府内における医薬品部門ではその生産における中間需要で37.9%が域外からの調達に依存している。さらに、その医薬品の生産においては、35.5%が研究部門からの投入である。ただし、医薬品需要の場合とは異なり、大阪府の医薬品生産における研究部門からの投入はわずか10.3%が域外に依存している状況である。ちなみに鳥取県では、51.3%が域外に依存している。

私たちは、こういった地域の産業の連関構造をきちんと把握し、そのどこに問題点があるのかを発見し、それを変える努力をしていくことが必要になってくる。

数年前、私が地域経済構造の分析の話を新聞に寄稿したところ、それを読んだ九州のある地方銀行の常務の方から依頼があり、全ての支店長の方を集めて講演を依頼されたことがある。あまり金融関係の話ではないので、どうしてなのかと尋ねたところ、「銀行の行員が融資や預金活動をするときに、地域経済における企業間のつきあいがどうなっているのかを考えることは、地域の発展に資することになる、そのことを是非教えて欲しい」からだと言われた。働く側としても、営業や販売の如何に関わらず、そういった視点は必要であると思われる。

六次産業化の効果

部門間のつきあいを密にする典型的な例が六次産業化である。農工商連携とも言うが、厳密には六次産業化とは異なる。どちらも一次産業、二次産業、そして三次産業が連携して行う事業に変わりはないが、六次産業化は基本的に「一次産品を加工など製造工程に回し付加価値を高め、それを域外に販売していこう」というものであると理解できる。これに対して、農工商連携は、出荷するものが一次産品であっても、そこに製造業の輸送技術や販売網がからんでくるという意味での連携で、必ずしも加工品を販売するわけではない。それはともかく、地域資源を活用したブランド戦略で、最近、六次産業化が多くの地域で取り組まれている。

このような六次産業化という言葉が世に広まる前にこれを実践し、その効果について地域産業連関表を自らが作成して分析したのが岡山県の赤磐郡にあった赤坂町という人口約5000人の町である。この表1は、当時(1996年)作成した簡易産業連関表のうち、赤坂天然ライス工場部門である。

表1:赤坂町間産業連関表(赤坂天然ライス工場、平成8年版)
表1:赤坂町間産業連関表(赤坂天然ライス工場、平成8年版)

赤坂町内への燃料費、光熱費、印刷費、輸送関係費の合計である7748万円は赤坂町への直接需要となり、町内の企業に生産増加を促すことになる。そして、増産のために原材料を仕入れる必要が出てくる。産業別にこの追加需要を割り振ると、表2のようになり、以上の4つの産業について、各産業の「町内・町際取引表」を使って赤坂町に支払われる額を計算する(つまり、赤坂町にお金が落ちる額の算出)。これによって、需要がどの程度域内に留まるか(資金が循環するか)が判ることになる。

表2
表2

今日、六次産業化という、地域の産業連関構造を変える取組が多く行われているが、こういった連関表を用いた効果の検証はほとんど行われていない。補助金を投入したものであれば、なおさらその効果の検証は大切であると言えるだろう。

構造変革シミュレーション

これまで積み重ねてきた多くのケーススタディにおいて、市町レベルもしくは圏域レベルでの「まちの産業連関表」を独自の調査方法に基づいて作成してきた。「産業連関表」とは、既にその用語は出てきたが、「ある一定の空間において、産業部門間の取引、産業部門と家計部門の取引、さらに域内外での取引などをまとめて表にしたもの」と定義できる。このデータ収集のためにアンケートを実施するだけでなく、実際に生産や消費の現場に赴き、アンケート数字の補完も兼ねてヒアリングを何度も行うことで、数字からだけでは分からない生きた情報も得ることができる。それを元に、イベントや企業の誘致、公共事業などを実施した際の地域への経済的な影響度を求めることがこれまでの「地域産業連関表」の活用方法であった。しかし、筆者は、最近、これについて新たな分析手法(アプローチ)を提案し、それを実際の自治体政策において形にしてきている。

その活用方法とは、「まち(地域)」の「構造変革」のシミュレーションを行うことである。このシミュレーションによって、どのような産業連関構造がまちの経済にとって望ましい結果をもたらすかが数字で明らかになるのである。現場でのヒアリングは、シミュレーションの政策妥当性とまちの経済を変える方向の根拠となる。関心と意欲があれば、多額の外注費用をともなうことなくできるシミュレーションなのである。

注)本稿は、2014年3月出版予定の「まちづくり構造改革」(日本加除出版)の一部を中心に加筆したものである

「DIO」2013年12月号(連合総合生活開発研究所)に掲載

2013年12月17日掲載

この著者の記事