地域間の経済格差、環境で是正
国内版CDMの検討急務

中村 良平
ファカルティフェロー

2000年代に入り、地域間の所得格差が拡大してきたことはよく知られている。内閣府の『県民経済計算』などを元に昼間人口1人当たりの総生産額に関し、横軸に基準年(2000年度)の平均値からの格差、縦軸にその後5年の変化率を図示すると(図1)、所得水準の高い地域が相対的に成長し、地域間の格差が拡大したのがわかる。

図1 格差拡大期における地域の動き

総生産額と製造業の生産額の伸びはこの間、高い相関関係を示しており、愛知や三重、栃木、静岡といった、製造業の中でも電気機械や輸送用機械など国外への輸出や地域外への移出を主とする産業が多く立地する地域が地元経済を引っ張ってきたとみられる。2000年代前半にみられた地域間の所得格差の拡大とは、これら輸移出産業の好調な地域の所得がより拡大し、低所得地域との差を広げる格好で進展したのである。

だが昨秋の米リーマン・ブラザーズ破綻に端を発した混乱が、実体経済にも大きな影響を与えている。日本でも、輸送機械や電気機械など、特に輸出に強く依存していた地域は大きく打撃を受けた。

この状況が続けば、輸移出に依存して相対的に所得水準の高かった地域の経済が落ち込み、地域間格差が縮小に向かう可能性もある。だが同時に、税収の落ち込みで、これまで地方経済を底支えしてきた地方交付税などによる財政移転は多くは望めない。その結果、非製造業で域外マネーを獲得してきた地域、特に東京を中心とした大都市圏と地方圏との格差が拡大する懸念が生じる。比較的高額な耐久消費財は買い控えても、サービス財の消費はあまり落ち込まないと考えられよう。そして、そのサービス財を提供している大本は東京を中心とする首都圏であるからだ。

実際、2000年に26.3%だった首都圏の人口割合が直近の08年では27.4%に増えるなど、この面でも大都市圏と地方圏の格差が広がっている。これらは地方都市の自立に水を差し、格差拡大の悪循環に向かう恐れを秘める。

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これまで日本で地域間格差を是正する政策としては、地方への工場分散や公共投資の傾斜配分などが中心だった。これらは一定の成果を上げたが、地域経済には他力的であるという意味で、「外生的」なものであったといえよう。

最近の空間経済学の研究成果によれば、市場メカニズムに委ねると地域の規模は過大になり、分散化政策が一定の意義を持つことが示されている。また「知識」が重要な社会では、企業立地の誘致だけでは雇用のミスマッチが生じ、最適な立地状態を実現できないことも指摘されている。

昨今の地域間格差拡大が首都圏と地方圏の差の拡大であることを認識すれば、分散化政策は効率性の観点で意義を持つ可能性がある。しかし現実的にも理論的にも企業立地政策には限界があることが示されており、より有効な地域政策が求められている。

具体的には、地域にとって「外生的」な政策よりむしろ、首都圏と地方圏の間で比較優位性を考慮した「内生的」な格差是正策が望ましい。その1つとして、近年の環境を重視したエネルギー政策は、結果的に内生的な地域格差是正につながるのではないか。環境資源賦存の面で、地方圏は首都圏より比較優位にあるからだ。二酸化炭素(CO2)削減という目標に対し、国内版クリーン開発メカニズム(CDM)をテコとした具体的な方策を示してみたい。

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地域資源には、自然資源や人的資源などがある。地方が大都市圏に対して比較優位なものは、当然のことながら森林資源、水産資源、土地資源といった自然資源である。こういった比較優位な資源を活用することで大都市圏との格差を縮小することができる。

例えば、森林資源の豊富な地方ではCO2の吸収源という資源を持っている。またバイオマスを使ったエネルギーを生産できる環境にもある。しかしながら、地方圏で産業を振興しようとしても、しばしば民間資金が不足がちであり、また収益性のある投資機会も少ない。したがってたとえ域外マネーが入ってきても十分に循環されずに域外に環流してしまうことが多い。それは多くの地方圏で投資不足の結果、貯蓄超過となっている状況からも明らかである。

他方、大都市では域際収支は黒字で、かつ投資機会はあるものの、企業集積とそのオフィス活動から排出される大量のCO2を、活動水準を維持しつつ大きく削減することは容易ではない。

こういった場合、大都市は地方から排出枠を購入することで目標達成が容易になり、また地方は豊富な自然資源を背景に排出枠を売却することで資金を獲得できる。これは地方が地域の資源を生かした「内生的」な格差是正といえよう。

地方の多くは移入超過といった民間の域際収支が赤字であり、その赤字分を公的な支出で賄っているのが現状である。そこで地方に域外マネーを呼び込むために、大都市における民間資金を地方に投資して温暖化対策のプロジェクトを実施する。地方では設定された削減目標以上のCO2を吸収できる分、排出権として大都市圏に環境クレジットの形で売却する。

当該プロジェクトを実施しなかった場合と比べ、追加的な排出削減があった場合、その排出削減量に対してさらにクレジットを発行する。このプロジェクトの実施によって得られた温暖化ガス排出枠を大都市の排出削減目標達成に用いることができる。国内版CDMである。これによって地方に所得が大都市から流入する一方、大都市は排出枠を購入することで経済活動水準を維持できる。

例えば中期目標をCO2の20%削減として、省エネや再生可能資源で15%程度を達成すると仮定した場合、実際のデータに基づいて試算すると、大阪・兵庫といった大都市圏(森林のCO2吸収量1%前後)は、吸収量を上乗せしても15%+1%=16%で20%には届かないが、島根や高知(CO2吸収量15%程度)は、15%+15%=30%と、目標を10%上回り、各地域の過不足分を地域間で取引できるという暫定的な結果が得られる。

もちろん課題もある。排出枠クレジットの価格をどのように設定するのか、あるいは市場機構に委ねるか、という問題がある。また東京のように大量のCO2を削減すべきところに対して、県単独ではとても対応できない。中国山地や四国山地といったCO2吸収源である山林資源を広域に活用して意味をなすので、複数県にまたがる広域連携の施策となる。これは、行財政面に評価のウエートがある道州制の新たなメリットとしても挙げられよう。東京都はこういった施策の実現に向けて、既に情報を発信している。

こうした大都市と地方との「内生的」な格差是正の姿を描いたのが図2である。

図2 環境財取引による内生的な地域格差の是正イメージ

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重要なのは、地方は得られたマネーを域内で循環させることだ。循環という言葉には、資源循環という環境の側面に加えて地域経済における資金循環の意味も併せ持っている。それは域内で発生した需要を賄うことができずに域外に漏出して行くことを意味する。たとえば、域内に投資先がない場合とか、消費が域外に流出する場合、あるいは、中間投入の供給が域外に求められる場合である。

地域資源を生かした域外マネーの獲得と、それを域内産業に循環できることが自立した地域経済の姿である。そうなるには、地域経済の循環構造が域内外でどのようになっているか、環境財・サービスを明示的に取り入れた産業連関表で、各地域はその実情を把握しておくべきであろう。

2009年11月12日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2009年12月21日掲載

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