不確実な「見通し」が高める不安

森川 正之
所長・CRO

「不確実性」という文言を最近頻繁に目にする。世界金融危機、大規模自然災害、新型コロナ、国際紛争など、想定外のショックが相次ぐことが背景にある。そうした中、不確実性を定量的に捉える経済分析が進み、幾度にもわたり不確実性が大きく高まったことを確認できる。

企業も家計も、将来の収益や所得がどうなるかを見込んで現在の行動を決める。マクロ経済の見通しと確度はその前提になる。仮に今後10年間の経済成長率の予測値が年率1%でも、確実にそれが実現するのか、大きな予測誤差がありうるのかで、企業や家計の行動は違ってくる。

日本に限らず政府の経済見通しには楽観バイアスがあり、中長期予測では負の予測誤差が大きくなる。また、世界金融危機や新型コロナに代表されるように、予想もしなかった負のショックが起きることもある。しかし、政府やエコノミストの予測に想定外のことは織り込まれない。

一方、国民はどのような長期経済見通しを持っているのだろうか。2016年末に5年後までの経済成長率の予想を尋ねた調査では、平均値はほぼゼロ成長で、政府やエコノミストに比べ悲観的だった。国民はそれを前提に生活設計を考えてきたわけだ。現時点で評価すると、政府やエコノミストよりずっと予測誤差は小さかった。もちろん新型コロナというショックがあったからだが、国民は想定外の事態が起きる可能性を意識しているのかもしれない。

不確実性は、それが収まるまで待つという「様子見」行動を通じて経済活動を抑制する。特に長期的な先行きの不確実性は、企業の研究開発、新規事業進出、正社員採用といった投資行動のほか、家計の消費・貯蓄や教育投資、労働者の就職・引退など重要な意思決定を左右する。

現在注目されている少子化も、「将来不安」が結婚や出産を躊躇(ちゅうちょ)させる一因だと指摘されており、不確実性が関係している。社会保障、税財政などの制度設計に当たっては、長期経済予測の不確実性を考慮に入れることが望ましい。

今後どういう政策が採られるのかわからないという「政策の不確実性」も、経済活動に負の影響を持つ。例えば、社会保障制度の将来が不透明だと、国民は万一に備えて貯蓄を積み増す。また、仮に良い政策であっても、決まるまでに時間がかかって中ぶらりんの状態が続くと、政策効果が減殺される。有効性の高い政策ほど、その不確実性の影響も大きくなる。

最近の少子化対策も財源が決まっていないなど、政策の不確実性を伴っている。内閣府の「社会意識に関する世論調査」によれば、「国の財政」が国民の心配事の1位ないし2位を続けている。子どもが手を離れるまでの間に、財政的制約で仕組みが変わってしまう懸念があれば、今、子どもを持つという判断をしにくくなる。

企業や個人の前向きの行動を促すには、期待成長率を引き上げる必要があるといわれる。そのためには、政策策定プロセスが人々の不確実性を高めないことも大事だ。

2023年6月29日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載

2023年7月5日掲載

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