トランプ関税政策と経済学の役割

森川 正之
特別上席研究員(特任)

トランプ米国大統領の関税政策が世界経済を揺るがしている(注1)。鉄鋼、アルミニウムへの関税に続き、自動車に対する25%の追加関税賦課が実施された。さらに各国に対して高率の相互関税を賦課することが発表され、日本に対する関税率は想定外に高い24%とされた。世界経済を混乱させることを意図しているかのようである。

関税が資源配分に歪みをもたらし、経済厚生を低下させること、従って一般に経済政策として望ましくないことを否定する経済学者は少ないはずである。さらに相互関税の考え方の背後にある二国間貿易赤字・黒字を問題視するのが経済学的に正しくないことは、RIETIの前身である通商産業研究所の所長だった小宮隆太郎氏が30年以上前に貯蓄・投資バランス論に基づいて明確に指摘した点である(小宮, 1994)。いまだに二国間貿易収支に依拠した貿易政策が採られるのは理解に苦しむ。

トランプ大統領就任後の一連の動きが深刻なのは、高率の関税賦課による貿易や投資への直接的な影響だけでなく、今後の貿易政策がどうなるのか予測できないという不確実性を伴っている点にある。米国の貿易政策不確実性(TPU)指数は歴史的に最も高い水準となっており、日本のTPU指数も急上昇している(注2)。

今後も、追加措置などさまざまな政策変更があり得るし、他国から米国への報復措置やそれへの再報復など関税政策が政策手段として使われ続けるおそれがある。世界経済は極めて不確実性の高い状態が続く可能性が高い。本コラムでは、最近の拙著(森川, 2025)を基礎に、トランプ大統領の貿易政策について不確実性という視点から考える。

貿易政策不確実性の経済的影響

貿易政策に限らず不確実性の高まりは、不確実性が収まるまで設備投資、従業員の採用、耐久財購入などを先送りするという企業や家計の「様子見」(wait-and-see)行動などを通じてマクロ経済活動にネガティブな影響を与える。「リアルオプション効果」と言われるメカニズムで、リアルオプション効果は不可逆性の高いタイプの投資で強く働く。

企業にとって外国市場への参入、グローバル・サプライチェーンの構築のための投資は、いったん行うとやめる場合に回収できないサンクコストという性格が強い。このため、不確実性が退くまで意思決定を遅らせることのオプション価値が国内投資以上に大きく、貿易政策の不確実性の影響を強く受ける可能性が高い。

貿易政策の不確実性が与える影響については実証研究も多数行われており、実体経済にネガティブな効果を持つことが頑健なエビデンスとなっている(注3)。最近では、英国のEU離脱国民投票(Brexit)、2010年代後半の米中貿易戦争などがそうした研究の対象となってきた。逆に、GATT・WTOルールや二国間・多国間の貿易協定(PTAs)へのコミットメントが不確実性の低減を通じて貿易・投資を拡大する効果を明らかにした研究も多い。

トランプ政権の関税率引き上げの直接的な影響については、すでに計量経済モデルや産業連関表を用いた試算がいくつか行われている。結果はさまざまだが、それらの試算には不確実性による影響までは折り込まれていない。伊藤 (2025)は、政策不確実性の影響に関する過去の分析を基に、今般の政策不確実性の高まりが日本のGDPを▲0.9%押し下げるマグニチュードになり得るという試算を示している。不確実性の高い状態が続くとすると、関税率上昇の直接効果にこうした影響が加わる。

不確実性によるマクロ経済政策の有効性低下

日本だけでなく世界各国がトランプ関税の影響を受けるし、米国自身の経済活動にも強い下押し圧力になる可能性が高い。景気後退への一般的な処方箋は金融緩和や減税などの財政政策だが、厄介なことに不確実性ショックが米国や世界の景気後退につながる場合、標準的なマクロ経済政策がうまく機能しないおそれがある。

不確実性が高いとき、需要の変化に対して行動しない範囲が拡がる(increasing the range of inaction)ため、金融緩和や減税を通じた景気刺激策に対する企業や家計の感応度が低くなるからである(Bloom, 2014)。つまり不確実性を源泉とした景気後退が起きた場合、標準的なマクロ経済政策の有効性が減殺されてしまうので、不確実性自体を抑制する政策と合わせて対応する必要が生じる。

今般の米国の関税引き上げはWTOルールに違反している可能性が高いが、WTOの紛争処理機能が低下している中、国際ルールによって不確実性を抑制するのは難しい。トランプ関税への諸外国の報復措置は、それが仮に米国のさらなる追加措置を思いとどまらせるなど抑止力として働くならば一定の意味があるが、逆に再報復など関税引き上げのエスカレーションを招くおそれがある。結果としてグローバルな不確実性を一層高める結果になる可能性もある。諸刃の剣である。

米国経済学者への期待

不確実性に関する研究は、不必要な政策不確実性を作らないことが最善の投資促進政策であることを指摘している(Dixit and Pindyck, 1994)。自然災害やパンデミックに起因する不確実性ショックと違い、人為的な政策不確実性ショックは本来避けられるものである。

各国政府からの働きかけでトランプ大統領の関税政策の見直しを実現するのが難しいとすると、米国内部からの反対に期待するしかない。高関税は米国自身の消費者や輸入産業に大きな影響を与えるはずだから、次第にそうした声が高まる可能性は十分にある。

言うまでもなく米国は、ノーベル経済学賞受賞者を多数輩出している経済学の中心であり、本コラムで触れた貿易政策や不確実性の理論・実証研究の多くは米国の経済学者によるものである。なぜそうした国で経済学の知見が現実の政策に反映されないのか、残念なことである。これほど深刻なイシューに対して、米国の経済学者が国内から強く声を上げ、トランプ貿易政策の再考を強く促すことを期待する。

脚注
  1. ^ トランプ大統領の貿易政策は、「不確実性の武器化」とも表現されている(小竹, 2025)。
  2. ^ トランプ関税に伴うTPU指数の動きについては、伊藤 (2025)の解説が有用である。
  3. ^ 代表的なサーベイ論文としてHandley and Limao (2022)が挙げられる。筆者も不確実性に関する拙著の中で貿易政策の不確実性について整理している(森川, 2025, 第8章)。
参照文献
  • 伊藤新 (2025).「トランプ政権が生み出す貿易政策を巡る多大な不確実性」, RIETI Special Report.
  • 小竹洋之 (2025). 「厄介な『不確実性の武器化』」, 3月6日付け日本経済新聞Deep Insight」.
  • 小宮隆太郎 (1994). 『貿易黒字・赤字の経済学:日米摩擦の愚かさ』, 東洋経済新報社.
  • 森川正之 (2025). 『不確実性と日本経済:計測・影響・対応』, 日本経済新聞出版.
  • Bloom, Nicholas (2014). “Fluctuations in Uncertainty.” Journal of Economic Perspectives, 28 (2), 153-176.
  • Dixit, Avinash K. and Robert S. Pindyck (1994). Investment under Uncertainty. Princeton University Press, Princeton, NJ.
  • Handley, Kyle and Nuno Limão (2022). “Trade Policy Uncertainty.” Annual Review of Economics, 14, 363-395.

2025年4月3日掲載

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