人口減少・環境制約下での生産性向上

森川 正之
副所長

日本経済の持続的な成長にとって、いうまでもなく生産性向上がカギとなる。「成長戦略」をめぐり供給側と需要側のいずれに軸足を置くべきかという議論があったが、GDPは需給が一致したところに決まるので、いずれか一方が大事ということはない。ただし、教科書的に言えば、短期的には需要側が、中長期的には供給側が支配的な影響を持つ。そして、労働力人口が減少する中、中長期の成長力を規定する最大の要因が生産性上昇率である。特に、サービス産業は経済の約7割を占めており、その生産性が日本経済全体の成長を左右する。

経済産業研究所(RIETI)において生産性研究は最重要テーマの1つであり、2001年の発足以来60本を超える論文が生産性に関するものである。筆者自身、サービス産業の生産性に関していくつかの研究成果を公表した。以下、それらを踏まえ、サービス産業の生産性向上に向けた課題について私見を述べる。

多くのサービスはモノと異なり在庫や輸送が困難であり、「生産と消費の同時性」というユニークな特性がある。このため、サービス産業は国際競争や地域間競争の圧力が製造業に比べて弱く、結果として、企業間での生産性格差(ばらつき)が大きい。逆に言えば、優良企業の市場シェア拡大、非効率な企業の退出を通じた「新陳代謝」によって産業全体の生産性を上昇させることが可能である。いくつかの前提を置いた試算によれば、20~30%生産性向上の余地がある。したがって、新陳代謝を円滑化するような制度整備が重要となる。

個々の企業・事業所レベルでも、この「同時性」が生産性に対して大きな影響を持っている。同時性には、時間的な同時性と空間的な同時性いう2つの側面がある。例えば、観光や娯楽サービスでは週日と週末の需要に大きな違いがある。飲食店は一日の時間帯によっても需要が大きく変動する。余暇関連サービス業のデータを用いた分析によれば、同じ産業でも週日/週末、年間の月別といった時間的な需要変動が大きい事業所ほど生産性が低い。このことは、需要を平準化するような価格設定等の企業側の工夫とともに、主として働き方の見直しという文脈で論じられているフレックスタイムの拡大、休暇の分散化といった「時間の流動化」が、サービス産業の生産性に対してプラス効果を持つ可能性を示唆している。

また、市場の地理的範囲が限られたサービス産業では、立地先の人口密度が生産性に強く影響し、人口が稠密な大都市ほど事業所の生産性は高くなる。立派な店舗を構えて優秀な従業員を配置していても、稀にしか客が来なければ付加価値は乏しいからである。いくつかの対個人サービス業を対象に行った実証分析によれば、顕著な需要密度の経済性が確認され、事業所が立地する市区町村の人口密度が2倍だと生産性は7%~15%高くなる。このことは、稠密な人口構造がサービス産業の生産性に対してプラスの効果を持つことを示している。政策的には、都市計画、土地制度等人口移動や経済活動の地理的分布に影響を及ぼすものが関係する。

高度成長期の日本では、農村から都市部に大量の人口移動が生じ、産業構造の変化を伴う経済成長を支えたことが知られている。並行して産業道路、港湾等のインフラ整備が行われた。人口移動率の長期的な推移を見ると、市区町村の境界を越えて移動した人の割合は、1970年の8%をピークに漸減傾向をたどり、最近は4%強まで低下している。サービス経済化に伴い大都市に向かって人口移動が活発に起きてもおかしくないが、現実には移動率は低下している。おそらく引退後の高齢世帯の増加、少子化に伴う長子比率の上昇、不動産市場制度等が関わっている。日本は既に人口減少局面に入っており、将来人口推計によれば、日本の人口は今後50年間に約30%減少する。仮に全国均一に人口(密度)が減少すれば、サービス産業の生産性を低下させる要因となる。生産性向上という観点からいえば、人口を集積させていくことが効率的であり、全ての市区町村を振興しようとすることは日本全体の生産性にはマイナスとなる。

ただし、サービス事業所の生産性格差のうち都道府県間格差の寄与度は小さく、大部分は同一都道府県内の事業所間格差である。したがって、都道府県を越えた全国的な人口再配置(典型的には東京一極集中)というよりは、都道府県内での市区町村を越えた再配置がサービス産業の生産性向上に寄与することになる。公共サービス供給やインフラ整備の効率化、エネルギー消費の合理化といった観点から一部の自治体で「コンパクト・シティ」構想が推進されているが、民間サービス業の生産性向上にもおそらく有効である。

日本経済は、少子・高齢化の急速な進行、環境制約の顕在化、増嵩する政府債務と財政制約、地域活性化の必要性といった様々な課題に直面している。都市の集積度を高めることは、日本経済全体の成長力向上、公共サービス効率化、エネルギー効率改善、職住近接、高齢者の暮らしやすさといった多くのメリットがあり、複数の課題に同時に応えることとなる。人口の流動性が低下している中、制度的・政策的にどう誘導していけるかが、成長戦略としても重要な課題となる。

図 サービス業における需要密度の経済性
サービス業における需要密度の経済性
(注)数字は市区町村人口密度が2倍のときの生産性への効果(対数ポイント)。
(出所)森川正之(2008), 「サービス業の生産性と集積の経済性:事業所データによる対個人サービス業の分析」, RIETI Discussion Paper, 08-J-008より作成。

『経済Trend』2010年4月号(日本経済団体連合会)に掲載

2010年4月5日掲載

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