中国・台湾のCPTPP加入申請と日本の対応——高水準なルールを維持しFTAAP形成に向かう戦略

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

中・台の「さや当て」のなか、目的地のFTAAPに到達すべく、日本は自ら推進してきたCPTPPの米国のTPP復帰が期待できない想定で、CPTPPの自律的な執行メカニズムの構築を目指せ。

この9月、中国、台湾が相次いで「環太平洋連携に関する包括的および先進的な協定(CPTPP・TPP11)」に加入申請を行った。元来中国の封じ込めと、米国主導のアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に道筋をつけることを目的としたTPP枠組みだったが、2017年に米国の離脱によりCPTPPとして再生し、加えて中国が参加すると、その性格は大きく変わる。これを危惧する日本の政財界からは、米国の復帰を望む声がやまない。

しかし、TPP枠組みへの復帰は、アジア太平洋諸国への市場開放に伴う輸入競争をもたらすため、労働者中心の通商政策を標榜し、中間選挙も控えるバイデン政権にはハードルが高い。さらにジェーン・サキ大統領報道官は、当該地域への関与は通商だけではない、と述べている。太田泰彦編集委員(日本経済新聞)は、9月24日の第二回日米豪印(クアッド)首脳会合で採択された技術原則に触れ、米国は四ヵ国を結ぶ「ひし形」の中にある台湾やASEANに展開される先端技術、特に半導体のサプライチェーンを囲い込む新たな通商秩序の形成を目論み、CPTPPには関心を失いつつある、という(同紙10月18日付朝刊)。9月30日の米EU貿易技術評議会によるピッツバーグ声明もまた、米国が伝統的な貿易投資協定から安全保障や価値外交を踏まえた経済秩序や技術協力の枠組みに軸足を移していることをうかがわせる。

こうした米国の姿勢は、11月15日のジーナ・レイモンド商務長官によるテレビ東京のインタビューでいっそう明確になった。同長官は、米国は当面TPP12に復帰せず、デジタル貿易、半導体、クリーンエネルギーに焦点を当てた、より強力な新しい経済枠組みにより、インド太平洋地域に関与する方針を明らかにした。

米国の復帰が当面望めないとすれば、中台加入交渉をいかに捌くかは、CPTPP最大エコノミーとして日本の双肩にかかる。この事態に日本はどう対処すべきだろうか。

FTAAPから中・台加入を考える

FTAAP実現の経路
図:FTAAP実現の経路

最初にCPTPPが直面する課題は、そもそも中国と加入交渉を開始すべきか否かである。この間、我が国政権与党は、一貫して中国の加入には慎重あるいは否定的であることがうかがえる。しかし、結論から言えば、中国を「門前払い」すべきではない。以下に述べるように、日本もコミットするFTAAP構想と整合しないからだ。

FTAAPは、APEC21エコノミーで構成される巨大FTAだ。これが初めて公式にAPECの政策課題として認知されたのは、日本が議長国を務めた2010年の横浜首脳会議の首脳宣言「横浜ビジョン」においてである。同宣言によれば、FTAAPは、当時交渉中のASEAN+6(後の地域的な包括的経済連携:RCEP)およびTPPの発展により実現することが予定されていた。このことは、FTAAPを米国主導のTPPの拡大で実現するか、あるいは中国主導のRCEPの拡大で実現するかの競争を意味していた。FTAAPを目指す方針は、2020年までの貿易投資自由化目標を定めたボゴール目標を引き継いだプトラジャヤ・ビジョン2040でも変わらない。

中台はともにAPEC参加21エコノミーである。よって、CPTPPからの中国排除は、CPTPPを介したFTAAPへの道筋をあきらめ、RCEP経由のFTAAP実現を意味する。しかし、「横浜ビジョン」とともに採択された「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への道筋」によれば、「FTAAPは、狭義の自由化を達成する以上のことをなすべきであり、包括的で質が高いものであるとともに、『次世代型』の貿易及び投資の問題を組み込み、対処すべきである」。RCEPは、この「『次世代型』の貿易及び投資の問題」(NGeTI)に含まれる労働や環境のルールを欠き、また、政府調達の市場開放も規定していない。その意味では、NGeTIを含む高レベルのFTAAPは、もはやCPTPP経由でしか実現できない。そうである以上、どこかの時点で、中国のCPTPPへの取り込みは不可避になる。

さらに、2015年当時のようにTPPが先行し、RCEPが立ち遅れている状況とは異なり、RCEPが年明けに発効するので、今やRCEP経由でのFTAAP実現も現実味を帯びる。もし中国の加入申請を門前払いするなら、中国はこのオプションでFTAAP形成のイニチアティブ奪取に先手を打つかもしれない。11月2日、中国はバイデン政権が検討するインド太平洋デジタル協定構想の機先を制するように、デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)に加入を申請したが、それと同じことだ。これを制するには、中国の加入申請に戦略的に正対し、目下米国がCPTPPに不参加でも、FTAAPがあくまでCPTPP経由で実現される道筋を堅持しなければならない。

また、中国の「門前払い」は、台湾加入支援の強いロジックを損なう。すなわち、FTAAP構想への一里塚であるCPTPPから中国が排除されるべきではないという論理は、同じくAPEC21エコノミーである台湾も排除されるべきでないことを意味する。中国の台湾排除はこの論理で押し返すべきだが、中国の排除はこれと矛盾する。

原則論で「CPTPPのRCEP化」を許すな

ただし、このことはどんな条件でも中国の加入を認めることを意味しない。上記のAPEC「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への道筋」も、FTAAPが「包括的で質が高い」ルールであるべきことを標榜している。それゆえ、CPTPPの拡大・発展によってFTAAPに至ることが中国に門戸を開く大義なのであれば、中国がCPTPPの加入条件を妥協なく充足することが不可欠になる。

この点について、2019年にTPP委員会が採択した加入ベンチマークは、加入希望エコノミーに、「CPTPPに含まれる全ての既存のルールに従うための手段を示」すこと、および「最も高い水準の市場アクセスのオファーを与えることを同意し……各締約国にとって商業的に意味のある市場アクセスを提供」することを求めている。また、この高水準の加入ベンチマークは、イギリスの加入手続開始に際して、今年6月および8月のTPP委員会閣僚共同声明でも確認されている。つまりは中国にとっては、CPTPPの全ての規律の遵守を約束し、最大限の市場開放をオファーするよりほか、加入の道は開かれない。

他方、ヘンリー・ガオ准教授(シンガポール経営大学)らは、CPTPPの公共政策や安全保障に関する例外を援用すれば、中国の加入は予想以上に容易であると論じる(“China's entry to CPTPP trade pact is closer than you think”, Nikkei Asia, 9月21日付)。もし中国がこうした楽観論に立って加入に希望をつないでいるなら、例外規定解釈の点から、大いに疑問を抱かざるを得ない。

また、経済改革の実態についても、ガオ准教授らは、厳しいWTO加入条件の遵守によって国有企業の市場歪曲性は相当解消された、と言う。しかし、10月に公表された中国のWTO貿易政策検討制度報告書は、依然として中国が多種・多額の産業補助金を維持し、そのWTOへの通報を怠っていること、非戦略部門でさえ国有企業の存在感が大きく、民営化が進んでいないことなどを指摘し、こうした楽観論に冷や水を浴びせる。

ラッシュ・ドーシ米安全保障会議中国担当部長は近著The Long Gameにおいて、中国が長期にわたり米国中心の国際秩序を書き換えるグランド・ストラテジーを展開してきた、と論じる。筆者らの研究(「中国のCPTPP参加意思表明の背景に関する考察」経済産業研究所)でも、中国の加入申請の目的は「制度に埋め込まれたディスコースパワー」を獲得し、アジア大洋州の経済秩序を書き換えることにあると見る。

中国にとって、この経済秩序の書き換えが、CPTPPのルールを中国に受け入れやすいレベルに引き下げること、すなわち「CPTPPのRCEP化」を意味するなら、それは決して許されてはならない。

米国不在の前提で執行・監視体制を拡充せよ

CPTPPを維持し、将来のFTAAPに発展させるとすれば、米国の去就にかかわらず、CPTPPがある程度自律的に機能する仕組みが必要になる。その方策としては、筆者が別途提言したとおり(日本経済新聞11月4日付「経済教室」)、①英国加入の迅速な実現と豪州・カナダを含むルール重視の有志国との協力体制の構築、②米国との連携、③CPTPPの執行・監視体制の強化、および④中長期的なEUとの連携の模索、を挙げておきたい。

特に③については、現行CPTPPの執行・監視体制は万全とはほど遠く、2015年のTPP12妥結当時は、米国による履行監視と執行に依存する前提だった。しかし米国不在の状況では、CPTPPの自律的な執行・監視の実効性を担保しなければならない。

まず、CPTPPのような包括的な通商協定を貿易量の多い11もの多国間で運営するのであれば、常設的な議論のフォーラムとこれを支援する事務局なくして、その運営は難しい。特にCPTPPでは、各章の下に設けられる小委員会の役割が詳細に明確化されており、その実効的な機能のためには事務局機能が不可欠である。現に、同様にメガFTAであるRCEPでは、条文上明確に事務局の設立が予定されている。

また、紛争解決手続の強化も課題だ。CPTPP28章の手続では、パネル議長の選任が紛糾するおそれがあり、またパネルの判断に拘束力がない。前述のように、中国が例外規定の濫用によりCPTPPの厳格なルールの潜脱を目論むことが懸念されるが、実効的な紛争解決手続である程度防止できる。特に安全保障例外については、WTO紛争や投資対国家仲裁(ISDS)では、当事国が誠実に(in good faith)これを援用したか否かを審査する判断が主流となっており、CPTPPでも同様に対応できる。

台湾加入と米国復帰の支援

先に見たように、我が国政権与党は台湾加入を支援するが、台湾が法の支配や民主主義を共有する東アジアの重要なパートナーである以上、当然の対応だ。しかし、「一つの中国」を盾に中国が苛烈に反発するなか、どのような支援を行うかが課題となる。やや突飛な提言になることを恐れるが、次のような可能性を検討することを提案したい。

第一に、中台の加入手続開始のコンセンサス形成にあたり、中台ともに相互に加入妨害を行わないことを約束させる。CPTPPがFTAAPに発展する以上、中台加入が所与であることは先に述べたが、そうであれば、加入手続の規定に従って、CPTPPの加入資格は独立国である中国、独立関税地域たる台湾双方にある、という原則論を貫くべきだ。また、中国が台湾の加盟に同意した形式を取ることで、最低限「一つの中国」にも矛盾しない。

第二に、「一つの中国」にあくまで中立的であろうとするなら、2001年のWTO加盟と同様、中台同時加入を同じく加入手続開始の条件とすべきだろう。

他方で、仮に中国の加入申請の目的が台湾の国際空間の収奪にあるなら、中国は中台同時加入を逆手に取って、延々と手続を遅らせる可能性がある。したがって、第三に、中台いずれでも加入条件が整った方には、暫定加入を認めるべきだ。例えば、市場アクセスとルールの適用はあるが正式なメンバーシップは認めず、TPP委員会には参加不可とするか、あるいはオブザーバー参加のみで意思決定権は与えない、といった方法がある。よって、どちらが先に暫定加入しても、他方の加入承認のコンセンサスには加われない。

こうした提案はナイーブであると批判を受けるかもしれない。例えば、川島富士雄教授(神戸大学)は、中台双方の「一つの中国」原則の前提となる「1992年コンセンサス」を受け入れない蔡英文政権下では、中国は決して台湾のCPTPP加入を認めることはない、と述べる(同教授ブログ、9月30日付)。しかし、政治的現実を前に、日本が「自由貿易の旗手として、自由で公正なルールに基づく経済圏を、世界へと広げ」る(安倍晋三首相〔当時〕による第102回国会所信表明演説)基本姿勢を崩し、中国におもねるならば、FTAAPにつながる意義のある中台加入は実現できないことも確かだ。

米国については、中国の加入後もTPP枠組みへの復帰が妨げられない制度的担保が必要だ。例えば、米国のTPP12復帰後速やかに発効させるべく、TPP12署名国があらかじめ批准を進めることは一案だろう。CPTPPとTPP12は法的に別協定なので、仮に前者に加入しても後者の当事国ではない中国には米国の復帰に拒否権はない。また、両者のルールはほぼ同一なので、イギリスなど他の新規加入国は米国との市場アクセス交渉のみを経て、比較的容易にTPP12にも加入できる。TPP12が発効した後、中国がCPTPPを誠実に遵守しないならば、他の締約国はTPP12に全面移行するオプションを手中にできる。

現行のCPTPPはTPP12発効時の対応を明確にせず、締約国による運用の見直しのみを規定している。この点については、上記の案も含めて、米国復帰の可能性を閉ざさない制度設計をあらかじめ検討しておく必要がある。

WTO法研究の泰斗ペトロス・マブロイディス教授(コロンビア大学)らは、近著China and the WTOで、国際社会は中国を排除せず、国家資本主義による貿易歪曲には多国間で新たなルールを策定することで向き合うべきだと論じ、その際の心構えを、“Be inclusive and prudent”そして“Be bold and realistic”と説く。この指摘はCPTPPにも当てはまる。中国が自身の封じ込めを目論んだCPTPPに加入を希望し、当の米国は不在、という喜劇的ですらある事態には、前例踏襲ではなく、大胆かつ創造的な発想で向き合わねばならない。米国の直接的な支援が得られない今、自由貿易の旗手を自任する日本のリーダーシップが試される。

外交』Vol.70 Nov./Dec. 2021に掲載

2022年2月18日掲載