2025年1月20日―静かなDay One―
この日、4年ぶりにドナルド・トランプがホワイトハウスの主に返り咲いた。大統領選挙中には、多くの貿易制限的措置-特に関税引き上げ-のアイデアを次々と披瀝してきた(注1)。
しかし果たして就任してみれば、パリ協定や世界保健機構(WHO)からの離脱といった大きなアクションを起こした他の外交分野とは異なり、こと通商については静かな滑り出しとなった。これは第1次政権初日に環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱したのとは対照的だ。
代わってトランプ大統領は、America First Trade Policy(「アメリカ第一主義の通商政策」)(注2)と題する通商政策の施政方針を発表した。以下説明するように、この指針はやや総花的で、通常の通商政策上のツールを用いて行政府ができることを広く検討することを担当閣僚に求めている。その内容は概ね第1次政権での方針、選挙中の発言、そしてバイデン政権の施策の延長線上にあるもので、意外性・新奇性を感じるものではない。
不公正貿易慣行と貿易赤字の是正
America First Trade Policyは5節で構成される。まず第1節で背景を説明した後、第2節では、不公正・不均衡な貿易への対応策について、関係閣僚に以下のことを指示している。以下、直訳・要約ではなく、読者の便宜に叶うよう、一部情報を補足し、所管閣僚ごとに順序を整理して紹介する。
まず、米国通商代表部(USTR)代表に対しては、以下を指示した。
- 商務長官及びホワイトハウス通商・製造業担当上級顧問と協議のうえ、海外の不公正貿易慣行を特定し、適当な救済措置を勧告すること。根拠法として、1930年関税法337条(知的財産侵害物品の輸入制限)、1974年通商法201条(セーフガード)及び301条(不公正貿易慣行への対抗措置)、国際緊急経済権限法(IEEPA)、その他WTOや各種FTAの協定実施法に言及している。
- 2026年7月に予定される米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)発効後6年毎の見直し(USMCA37.7条2項)に備え、USMCA実施法611条にある議会・利害関係者との協議に着手すること。USMCAの米国労働者や農家等への影響を評価すること、及び議会の適切な委員会にUSMCAの運用について報告すること。
- 現行の通商協定において、貿易相手国との相互互恵的な譲許水準を達成するため改正すべき条文を特定すること。
- 米国の輸出市場獲得のための協定を交渉する貿易相手国を特定し、可能性のある協定について勧告すること。
- WTO政府調達協定を含む通商協定が「バイ・アメリカンとアメリカ人雇用」大統領令(2018年4月)の対象となる連邦機関の政府調達に与える影響を検討し、海外でなく国内の労働者・製造業者を利するようにそれら協定を実施すること。
次に商務長官に対しては、次の2点を指示した。
- 財務長官、USTR代表と協議のうえ、米国貿易赤字の原因、経済安保上の示唆とリスクを調査し、「グローバル追加関税(global supplemental tariff)」を含めて対応策を検討すること。
- ダンピング防止税・相殺関税の指針・規則(越境補助金、ゼロイング、コスト調整など)を見直すこと。また、調査における情報検証の手続を見直し、適宜改正を検討すること。
財務長官に対しては、次の3点を指示した。
- 国土安全保障長官と協議のうえ、関税徴収に当たる対外歳入庁(ERS)設立の可能性及びその最適な制度設計や運用等を調査すること。
- 貿易相手国の対ドル為替政策を検討し、実効性ある国際収支調整を妨げ貿易上の不公正な競争優位となる為替操作への対抗策を勧告し、その対象国を特定すること。
- 商務長官と協議のうえ、米国法典(U.S.C.)26章891条にある外国による米国民・企業への差別的または域外課税を調査すること。同条によれば、大統領はそのような課税を行う外国の国民・企業等に課される所得税や法人税等を倍増させることができる。
最後に、財務、商務、国土安全保障の各長官と通商・製造業担当上級顧問に共同で、800ドル以下の少額輸入に適用される免税による関税収入の逸失分と模造品・密輸薬物流入のリスクを評価することを指示している。
第2節では、301条の積極活用を謳っている。対中については後述するが、第1次政権では当時USTR代表補を務めたマイケル・ビーマンは日中韓の自動車に対して301条調査を検討していたと回想しており(注3)、同盟国への新規調査もありうる。
輸出市場へのアクセス改善については、第1次政権の日米貿易協定、米韓FTA改定、USMCAの交渉のように、二国間のディールを追求するだろう。特に日本については、日米貿易協定第2段階交渉が実施されておらず、そこで自動車・自動車部品の非関税障壁撤廃や、牛肉など米国産農産物の輸入枠拡大などを要求するものと思われる。互恵的な協定に深化させるためには、日本としては棚上げになっている米国の自動車関税引き下げを要求し、対抗する覚悟が問われる。
ダンピング防止税・相殺関税制度については、ゼロイングは2000年代の一連のWTO紛争において人為的にアンチダンピング税率を嵩上げする不公正な計算手法として協定違反と認定されたが、その再導入を示唆し、過去の上級委員会の判断を覆そうとする強いメッセージを感じる。コスト調整については、中国を念頭に、非市場経済国における調査対象産品の生産コスト計算について商務省の裁量を確保することが目的だろう。更に、越境補助金については、中国の補助金が交付されているカンボジア産紙製フォルダに対して初めての調査が進んでおり、今後同様の補助金への規制を強化するものと思われる。
通商協定については改正の検討のみで、脱退に言及はない。予てより、トランプ大統領は「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)」を「TPP2」と唾棄し、就任初日での脱退を明言していた(注4)。IPEF下の協定には脱退に3年間のモラトリアムがあり、いずれにしても柱1(通商)が実質的な合意に至っていないことから脱退を急ぐ理由はない。WTOの離脱も考えにくい。上級委員会が機能しない以上、米国は事実上WTO協定に拘束されず、加入していても害はない。EU、インド、ブラジル、ASEAN諸国など主要貿易相手国とのFTAがない米国にとって、WTO離脱はむしろこれらの国々に米国産品に対する関税引き上げや輸入制限の自由を与えることになる。また米国の不在は、今後WTO交渉での中国の伸長を許すことにもなる。
「グローバル追加関税」は、新たな制度か、あるいは政権発足前に可能性が議論されていた1974年通商法122条によって実現する可能性も考えられる。
対中強硬策
第3節は対中対策である。USTR代表には、2020年の米中第1次合意の中国による遵守状況の調査、2024年にバイデン政権が公表した対中301条課税4年後見直しの評価と追加的な税率修正の可能性の検討、中国のその他の不公正貿易慣行の調査とそれらへの対応の勧告、の3点を指示している。商務長官に対しては、中国国民に付与された米国内での知的財産の状況を調査し、中国での知財保護に互恵的な待遇を確保すべく勧告するよう求めている。更に、両名共同で恒久的正常通商関係(PNTR、米国法上は最恵国待遇(MFN)をこのように称する)の対中付与に関する提案を評価し、必要な変更を勧告するように指示している。
米中第1次合意の不履行はバイデン政権下でも問題となっていたので、引き続きこれを追及することは既定路線だろう。対中301条調査については、バイデン政権が昨年(2024年)4月に海運・物流・造船、そして12月に半導体について着手しており、前者についてはバイデン政権最終週の1月16日に中国の不公正貿易慣行を認定するUSTRの報告書(注5)が公表されている。新規調査開始の前に、この調査結果への対応が急務となる。
PNTRについては、2001年のWTO加入以前はジャクソン=バニク条項によって毎年中国への付与が更新されていた。言及されている「提案」とは、今年(2025年)1月上下両院に超党派で提出されたムーレナー法案(注6)及びコットン法案(注7)を指すが、これらの法案は対中PNTR剥奪だけでなく、以前のような年次更新すら認めない厳しいものとなっている。
経済安全保障の推進
第4節は経済安全保障について規定する。商務長官には、第1次政権でも活用した1962年通商拡大法の新規調査の要否を判断すべく米国の産業・製造業基盤を調査すること、併せて省内の情報通信技術・サービス室(ICTS)(輸出管理を司る産業安全保障局(BIS)内の部局)によるコネクテッドカー規制の見直し及びそれ以外への規制拡大の要否を検討することを求めている。また、商務、国務両長官には、輸出管理制度を見直し、地政学上の敵対国の動向やその他安保に関する事項を考慮して改正を提言するよう求めており、特に米国の技術的優位の維持や規制迂回、及び執行に焦点を当てている。ホワイトハウス経済政策担当大統領補佐官には、第1次政権で課した鉄鋼・アルミ232条関税の除外その他の調整の実効性を評価するように求めている。
財務長官には、中国からの安保上機微なセクターへの対米直接投資を規制する大統領令14105号(2023)の改廃やその実施規則が国家安全保障上の懸念に十分に対応しているか否かを検討し、その結果を踏まえて対外投資安全保障プログラムの改正を含めた勧告を行うように指示する。行政管理予算局長には、外国補助金が米国の連邦調達に与える歪曲的な影響を評価し、そのような歪曲を防止する規制等の提案を求める。最後に、商務、国土安全保障両長官には、カナダ、メキシコ、中国ほかからの不法移民とフェンタニル(合成麻薬)流入を調査し、解決のための適切な貿易及び国家安全保障上の措置を提案するよう指示している。
第4節は232条措置の新規調査を示唆するが、トランプ大統領は就任後1月27日及び同31日の演説で、半導体、医薬品、鉄鋼、アルミニウム、銅、石油や天然ガスへの課税を示唆しており、その際に軍需に言及していることから、これらの産品が念頭にあるものと思われる。しかし後述のように2月18日にはこれら個別産品への課税を開始する可能性も示唆しており、見通し難い。
コネクテッドカーについては、これもバイデン政権最終週に中露製コネクテッドカー輸入禁止の最終規則(注8)を公表しており、他のIoT製品についても同様の安全保障上の懸念を精査する趣旨であろう。輸出管理については、第1次政権時も輸出管理改革法(ECRA)制定や輸出管理規則(EAR)の積極的な適用など一貫して強化されてきたが、バイデン政権下で一気に進んだ半導体への規制強化が焦点となろう。外国補助金による政府調達の歪曲については、既にEUはこれを是正する規則を制定しており(注9)、米国も類似の対応を模索しているものと思われる。
今後
第5節はそれぞれの指示に対する答申の期限を明示しているが、項目によって、早いもので本年(2025年)4月1日、遅いもので同30日が設定されている。つまり、具体的行動の前に2〜3ヶ月間の調査・検討期間を取っているが、2回目の政権奪取であること、選挙中から様々な通商政策のアイデアを披瀝していたこと、更に当選後早期に経済閣僚・ホワイトハウスの上級スタッフの指名が済んでいることから、もう少しスピード感のある対応を予想していた点で、やや意外であった。
4月中に上記の各種調査の答申が出揃い、そこから具体的な方策に移すとすれば、232条措置や301条措置のような所管官庁の調査を要するものは、具体的な措置の発動は早くても2026年上半期、つまり2年目の前半になる。そうなると、スケジュール感としては第1次政権における232条鉄鋼・アルミ関税や対中301条措置に近い。
結局…
しかしDay 1は結局のところ嵐の前の静けさに過ぎなかった。2月1日、IEEPA及び国家緊急事態法等に基づき、不法移民やフェンタニルを理由に、カナダ、メキシコには25%、中国に10%の追加関税を課す(注10)。カナダ、メキシコとは首脳会談の結果とりあえず30日間の発動猶予が設けられたが(注11)、カナダ、メキシコは対抗措置として米国製品への追加関税の賦課を明らかにしており(注12)、貿易戦争の火種が残る。一方中国には猶予を設けず措置を発動したが、中国もLNGや大型自動車などに対する10〜15%の追加関税やレアメタルの輸出制限等の対抗措置に加え、WTO提訴の意向を示した(注13)。トランプ大統領は、2月18日をめどにEUについても貿易赤字等を理由に何らかの対応を取り、更に半導体など個別産品の課税にも着手するという(注14)。
こうなると、America First Trade Policyを読み解き、今後のトランプ政権の通商政策を占うなどと悠長な作業はもはや意味を失う。トランプはやはり予測不能な「関税男」なのだ。
※ 本稿は2025年2月4日現在の事実関係に基づいて執筆している。