Special Report

「関税男」トランプは本当に関税を引き上げるか(11月28日追記)

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

※11月28日追記

混乱が予想された米国大統領選挙は、いささか呆気なく共和党候補トランプ(Donald J. Trump)前大統領の返り咲きが決まった。「関税男(tariff man)」を自称するトランプは、選挙中から中国産品へ一律60%、中国企業によるメキシコ産自動車へ100%(1000%と発言した例も(Mexico News Daily 2024.10.11))、そして全世界からの輸入へ一律10%~20%(Universal Baseline Tariffs)の関税賦課を公言してきた。メキシコ産自動車については特に中国系メーカー製に限らずに200%や500%課税と言ってみたり(Reuters 2024.10.14)、移民を適正にコントロールしない場合は自動車のみならず幅広い産品に25~75%を課税すると言ってみたりと(USA Today 2024.11.4)、もはやまったく収拾がつかない。中国の台湾封鎖についても、もし中国が踏み切れば、やはり最大200%の関税で対抗するという(日経2024.10.19)。

第1次トランプ政権で米国通商部(USTR)代表を務め、次期政権でも要職での入閣が取り沙汰されるライトハイザー(Robert Lighthizer)は、その近著No Trade Is Freeにおいてトランプ政権の通商政策観を詳述しているが、同書の冒頭ではトランプとの最初の出会いについて言及している。1980年代後半、レーガン政権のUSTR次席代表を退任したライトハイザーは、まだ40代前半の不動産ビジネスマンだったトランプの意見広告に目を留めたという。それはトランプが日米関係における米国の片務的な防衛負担とそれに引き合わない巨額の対日貿易赤字への批判であり、すでにその頃から自由貿易への批判的な姿勢をあらわにし、関税の引き上げを主張していたという。

この新トランプ関税については、その経済的影響に鑑みて、実施に懐疑的であったり、あるいは部分的な課税にとどまるといった見方もある(ブルームバーグ2024.11.7)。しかし、「関税男」が少なくとも40年近い彼の持論であるとすれば、引き上げに踏み切っても不思議ではないが、そこは臆測の域を出ない。従って、ここでは、やるかやらないか、ではなく、やるとしてどうやってやるか、に焦点を当てて、この問題を検討したい。

関税引き上げの大統領権限とその法的根拠

米国において国際通商に対する規制権限は、憲法上本来議会の権限に属する(合衆国憲法1条8項)。また、関税率の決定も議会の権限に属する(同10項)。よって、本来大統領は議会の承認なくして関税の賦課および税率の増減を行うことはできない。

しかし、この原則を例外なく完徹すると、さまざまな不測の事態で機動的に関税を政策手段として国益を実現することが妨げられる。よって、個別立法の授権によって、大統領・行政府が一定の要件の下で関税率を議会の承認なしに決定・修正する権限を有する。例えば、ダンピング防止税や相殺関税のような特殊関税もその一例であろうし、行政府がGATT・WTOのラウンドやFTA締結を円滑に行えるよう、行政府が通商交渉において関税引き下げを貿易相手国と約束する権限を時限的に付与することがある。後者はいわゆるファストトラックや貿易促進権限(TPA)といわれるものである。

これ以外にも、大統領には関税の引き上げを行う個別的な権限が与えられているが、その根拠として、ワシントンの専門家たちは以下の5つの法令を挙げている(Maruyama et al. (2024); Packard and Lincicome (2024))。この中でよく知られているのは1974年通商法301条(19 U.S.C. §2411)である。USTRの調査によって米国の通商上の利益を損なう不合理・差別的な貿易慣行が認定されれば、相手国に対して関税引き上げを含む対抗措置を発動できる。この条項は第1次トランプ政権の大規模な対中関税引き上げの根拠となった。

また、同じく第1次トランプ政権の鉄・アルミニウム追加関税の根拠となった1962年通商拡大法232条も広く知られている。これは商務省の調査により輸入品による米国の安全保障上の脅威が認められる場合、やはり大統領に関税引き上げを行う権限を与える。

この2つに比してやや知られていないが、1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)(50 U.S.C. § 1701 et seq.)も国際通商規制の権限を大統領に賦与する。平時において安全保障、外交政策及び米国経済に異例の(“unusual and extraordinary”)脅威が認められる場合、通商や資本取引を制限できる。IEEPAは2018年に輸出管理改革法(ECRA)ができるまで長く米国の安全保障貿易管理の根拠法令として機能し、またニカラグアやイラン制裁の根拠法令にもなった。バイデン政権下での一連の対中直接投資制限も同法に基づく。IEEPAは法令の文言上禁輸等にとどまり、関税引き上げに言及していないが、第1次トランプ政権は国境問題に関連してメキシコに対して同法による関税引き上げを検討したという。

より聞きなれない法令だが、1930年関税法338条(19 U.S.C. § 1338)は他国に比して米国の通商を差別する国に対して上限50%の関税を課す裁量を大統領に与える。しかし、同法の適用対象はほぼ1974年通商法301条でカバーできると考えられる。また、1974年通商法122条(19 U.S.C. § 2132)は、巨額かつ深刻な(“large and serious”)貿易赤字が発生している場合、最大15%の関税賦課を大統領に認める。

このように、憲法上の制約にもかかわらず、大統領は関税引き上げの広い裁量を有している。選挙中に公言した関税引き上げについてはこれらを駆使して実現することになるが、まず対中関税60%引き上げは、既存の2018年以来の301条関税の引き上げで対応できるだろう。バイデン政権も、301条関税の発動後4年の定期見直しによって、2024年9月に中国産EVについて税率をすでに100%に引き上げている。また、第1次トランプ政権はこの対中301条関税に関連して中国と2020年1月に米中第1弾合意を締結したが、その不履行を理由に関税引き上げを実施する可能性もある(同合意7.4条4項(b)は不履行の際の対抗措置(action)を規定している)。

メキシコ製中国車については、その輸入増加が米国自動車産業の生産基盤を損ない、研究開発上の国際的な地位を低下させたという論理によって、232条を援用するかもしれない。自動車については第1次トランプ政権下で232条調査を行っており、結局実現には至らなかったが、商務省は調査報告書ではこういった論理に基づいて課税を勧告している。トランプは選挙中もメキシコ経由での中国製自動車・自動車部品の流入防止を訴えており(ジェトロ2024.10.15)、自動車への高関税によって2026年に控える米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)再交渉で自らの望むディールを得るつもりだろう。

政治的な理由による課税にはIEEPAを援用する可能性が高い。IEEPAは安全保障への異例の脅威たる事態が存在すれば、232条のように輸入自体が安全保障上の脅威となる必要はない。よって、メキシコの不法移民増加による国境地帯の不安定化や台湾封鎖を理由にメキシコや中国に課税を行う可能性はある。

他方、全輸入一律関税については、1974年通商法122条が利用可能だろう。同法では、全輸入に対する無差別な関税賦課が前提となっており、また上限15%までの引き上げが許される。また、国際収支の悪化が発動要件となっており、貿易赤字を問題視する政権の方針にも適合する(もっとも、貿易赤字は資本収支等を反映しない点で国際収支とは異なるが)。150日を超える課税には議会による延長の承認が必要だが、上下両院で共和党が多数派を占め、民主党にも左派を中心に労働者保護の通商制限に理解のある一派がいることから、議会で必要な支持を得ることは困難ではないだろう。また、232条、301条、IEEPAは特定の物品や国・主体を対象に発動されることが原則であり、全世界への一律の課税に向かない。特に232条と301条は事前に担当官庁の調査が必要であることから、その意味でも大統領の裁量だけで即時に発動できる122条は使い勝手が良い。

以上の議論は以下のように簡単に整理できる。

法令 概要 トランプ関税の根拠?
1974年通商法301条 USTRの報告に基づき、貿易相手国の不公正貿易慣行に対して、対抗措置を発動できる。 2018年以降対中で発動済み。既存の関税を引き上げることで、対中60%関税を達成できる。
1962年通商拡大法232条 商務省の報告に基づき、米国の安全保障への脅威を理由に輸入制限を課すことができる。 原則として品目別に適用、品目・原産国横断的な一律の関税引き上げに向かない。
IEEPA 平時において安全保障に異例の脅威が認められる場合、通商や資本取引を制限できる。 特定の国・個人との取引禁止に援用されることが一般的。品目・原産国横断的な一律の関税引き上げに向かない一方、台湾封鎖やメキシコの移民流入防止に援用される可能性。
1930年関税法338条 米国の通商に対する差別待遇に対して、上限50%の関税を賦課できる。 後に立法される301条と重複。現在では役割は限定的。
1974年通商法122条 巨額かつ深刻な国際収支の赤字が発生している場合、全輸入に最大15%の関税を賦課できる。150日間の時限措置だが議会の承認で延長可能。 全輸入が対象なので、一律最低10%関税引き上げに適用可能。貿易赤字を理由に発動できるのは政権の方針と合致。延長は「トリプルレッド」の議会では容易か。

ここでは極めて単純にこれらの条文の適用可能性を論じたが、現時点ではトランプ政権が具体的にどの条文をいかなる論理で援用するのか、それが法令の要件に適合しているかは計り知れない。もっとも、仮に発動要件の充足が疑わしい場合でも、トランプは忠誠を誓わない公務員の解雇も示唆しており、官僚組織が法令違反を盾に大統領に抵抗することは期待できないだろう。

上記の法令の中には、大統領の関税引き上げに際して、議会との関係で協議・報告義務を課しているものがあり、特に122条は措置の延長に議会の承認を要する。しかし、伝統的な共和党主流派は押しやられ、もはやトランプ党と化した共和党は、「赤い波(Red Wave)」を巻き起こし、同時に行われた議会選挙でもはや上下両院を占め、ホワイトハウスと併せて「トリプルレッド(Triple Red)」を達成した。これでは大統領の裁量行使に対して本来議会が果たすべきコントロールはおよそ期待できないだろう。

また、大統領の関税引き上げの合法性について裁判所で争うことができるが、特に232条措置について裁判所は大統領の裁量行使の妥当性に踏み込んだ審査を行うことに慎重な姿勢を示している(Packard and Lincicome (2024))。特に連邦最高裁は、第1次トランプ政権が次々に保守派判事を指名し、今や彼らが多数を占めている。半世紀以上も女性の堕胎の権利の憲法上の根拠だったあのロー対ウェイド連邦最高裁判決を覆すまでに保守化している最高裁が、トランプ関税に異を唱えることは期待できないだろう。

もっとも、トリプルレッドなら、トランプにとって議会も思うがままだろう。そうなれば、もはや大統領権限にこだわることなく、立法によってさまざまな関税引き上げが可能になる。例えば、議会はWTO加入に際して中国に最恵国待遇(MFN、米国では恒久的正常通商関係(PNTR)と称する)を付与したが、新たな法律でこれを撤回し、対中関税率を設定してもよい(ロシアからはウクライナ侵攻を理由にすでにPNTRを剝奪した)。あるいは、トランプは相手国の関税率に合わせて国別に関税率を設定する「トランプ互恵通商法(the Trump Reciprocal Trade Act)」の構想を示しているが、こういった法案も成立の余地はある。もっとシンプルに、米国関税率表上のPNTR税率を単に一律に10%引き上げることでもよい。

「問題は経済だけではない」

こうしたトランプ関税については、すでに6月にノーベル賞経済学賞受賞者16人が公開書簡でその悪影響に警鐘を鳴らしている(AXIOS 2024.6.25)。また、同じく受賞者のクルーグマン(Paul Krugman)は、関税引き上げは中低所得者層の大きな負担になるばかりで貿易赤字を減らすこともなく、むしろ米国製造業に損失を与える、と問題点を指摘し、逆に利点については、たった一言「何一つ思いつかない」(“I can’t think of any”)と突き放している(NY Times 2024.10.17)。2024年の受賞者であるMITのジョンソン(Simon Johnson)も、米国の低所得層は消費に占める輸入品の割合が高いことを指摘し、関税引き上げは「本当に悪いアイデアだ。なにも複雑な意味でというわけでなく、ごく単純に悪いアイデアだ」(“This is just a really bad idea. It’s not a bad idea in a complicated way, it’s a bad idea in a very simple way”)と、酷評する(Quartz 2024.11.4)。

さらに、ライトハイザーが展開するトランプ的通商政策観がいかに経済学的な裏付けに乏しいかは、ハーバード大学のハンソン(Gordon H. Hanson)によるNo Trade Is Freeの書評に詳しい。しかし興味深いのは、ライトハイザーはこれに対して、経済よりも大切なものがある、と反論している点である。

「希少資源の配分、価格の最適化、効率性-これらは経済学者が常に頭を悩ませる事柄だが、家族の安定、強固なコミュニティ、所得の平等、労働者の誇りや満足度といった問題ほど重要ではない。」(“The allocation of scarce resources, price optimization, and efficiency—things that preoccupy economists—are not as important as issues of family stability, strong communities, income equity, and worker pride and satisfaction.” )

(Lighthizer and Hanson (2024) p.150)

ライトハイザーはオハイオ州アシュタビューラ(Ashtabula)の出身だ。そこはかつて鉄鋼と自動車部品で栄えたエリー湖畔にある人口2万人程度の田舎町であり、この工場で額に汗して働く善男善女のコミュニティは、彼の幼少期と青春時代の美しい思い出で彩られている。ライトハイザーの物語はこの愛すべき田舎町の衰退から説き起こされているが、彼にとって、そしてトランプにとって守るべきものは、こうしたノスタルジックな職業観、家族観、地域社会観なのだ。こうした問題意識は、今回副大統領になるヴァンス(J. D. Vance)の著書『ヒルビリー・エレジー』に描かれるルサンチマンや喪失感とも一致する。

こうした議論はもはや個々人の自分語り(narrative)の域を超えて、政治経済学の学術的な分析対象になりつつある。この点については、今年2月のピーターソン国際経済研究所(PIIE)におけるプリンストン大学のミルナー(Helen Milner)とPIIEのヘンドリックス(Cullen S. Hendrix)のディスカッションが興味深い。ある産業が輸入競争によって衰退する場合、構造調整によって所得補償と労働力の他産業への配置転換が行われるのが、教科書的な政策対応になる。しかし彼らの議論によれば、賃金と同額の所得補償を得てもそれは真っ当な仕事で得た賃金とは決して同等ではなく、稼ぎで家族を養うプライドの喪失や、閉鎖された自分の職場がおそらくは外国にできる新しい工場に取って代わられることで生まれる心の傷を埋め合わせるものではない。こうした心理的要素によって、先進国ではもはや構造調整が機能しにくいという。

現在のWTOルールを見ると、セーフガード協定では輸入競争圧力に堪えられない産業についてはこうした構造調整が行われることが前提となる。そして、補助金協定も構造調整に必要な補助金を相殺することは基本的に想定されていない。しかし、感情の問題となれば、それはもはやこうした国際経済ルールの外側の問題であり、それだけに事態は厄介なのだ。

日本の対応

やがて米国の関税に直面するとして、日本はどうするのだろうか。第1次トランプ政権下では、鉄鋼・アルミ232条関税の発動に際して、日本はEU、中国、インドのように対抗措置を発動するでもなく、WTO提訴さえしなかった。こうして恭順の意を示したところで、韓国やオーストラリアのように適用除外は得られなかった。さらに、米国の発意で北米自由貿易協定(NAFTA)を改定したUSMCAの締結によってカナダ・メキシコは232条関税から除外されたが、日米物品・デジタル協定締結後も日本製品には引き続き232条関税が適用された。バイデン政権下の2022年2月になって、ようやく二国間合意によって関税割当による輸入枠が設定された。当時は自動車について232 条調査が進行しており、その影響に対する懸念もあったことは理解できるも、WTO提訴すらしない対応は、対米従属も度を越して、対米「隷属」と言わざるを得ない。

この他にも第2次トランプ政権は、繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)から脱退し、同盟国に対中デカップリングの圧力を強めるなど、これまで以上に一国主義(unilateralism)を強めることは必至だ。日本はもはや通商政策については米国と利害が一致しないことを明確に認識し、232条措置の際のような対応を改めなければ、日本の経済安全保障はおぼつかない。この4年間は、ミドルパワーの一翼としてEUや英国、カナダ、オーストラリアと連携の上で(その意味で英国と経済版2プラス2の設立に合意したことは明るい話題だ)、時に米国の保護主義と対峙することを恐れず、さらにはルールに基づく自由貿易体制の擁護者として独自の通商戦略を展開することが、これまで以上に求められる。

11月28日追記:掲載後の展開を踏まえて、以下の2点を追記しておく。

  1. 11月25日、トランプは、不法移民およびフェンタニル(鎮痛剤の一種、麻薬として濫用)の越境流入を抑止しない限り、就任初日にカナダ・メキシコからの全輸入に25%の関税を課すと宣言した。根拠法令は明らかにされていないが、大統領が即効性をもって包括的に関税を引き上げるとすれば、IEEPAに依拠するものと考えられる。その可能性は第1次政権でも検討されており、また、最近の米国議会調査局のニュースレターもIEEPAに言及している(CRS (2024))。
  2. 11月26日、新USTR代表に米大手法律事務所King and Spaldingのパートナー弁護士であるグリア(Jamieson L. Greer)が指名された(ライトハイザーはなぜか経済閣僚には指名されなかった)。本稿の予測同様、グリアは全輸入一律関税最低10%は122条で対応できると主張している(日経2024.11.27)。
参考文献

2024年11月18日掲載