中国、TPP参加の是非 高水準のルール堅持を基軸に

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

2018年に発効した環太平洋経済連携協定(TPP)は、21年6月のTPP委員会で英国の加盟交渉開始が承認され、順調に拡大に動き出したかにみえた。だが中国、台湾が相次ぎ正式に加盟を申請したことで不透明感が増している。

中台加盟交渉に関しては「ひとつの中国」を巡る高度かつ複雑な外交が展開され、予断を許さない。だがTPP委員会が英国の加盟手続き開始で確認したように、「21世紀型のハイスタンダードなルール」としてのTPPが損なわれてはならない。図に示した加盟手続きが定めるベンチマーク(水準)の通り、加盟希望国・地域はTPPの全ルールを順守する手段を明確にし、最高水準の市場アクセスを約束する必要がある。

図:TPP加盟手続きの流れ

そして今後、この「21世紀型のハイスタンダードなルール」の堅持こそが、中台加盟交渉での日本の基本的スタンスであるべきだ。

今回の衆院選の自民党公約では、台湾の加盟を歓迎する一方、中国については名指しを避けつつもデジタル保護主義や強制労働に言及し、拒否感をにじませた。こうした「中国の排除ありき」のスタンスは無意味だ。

TPP、東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)は、いずれもアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への一里塚で、中台ともに参加が予定されている。よってFTAAPを高いレベルで実現するなら、中国のTPPへの取り込みはいずれ不可避になる。中国への懸念はTPP加盟条件の完全な充足により払拭されるべきだ。そのためには、日本は上記の交渉スタンスを堅持し、中国に相対することが求められる。

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こうしたルール重視の視座からみると、中国には国有企業章、電子商取引章、労働章への適合性確保などで課題が山積している。また政府調達も、中国には世界貿易機関(WTO)やRCEPで対外開放の実績がなく、高いハードルになる。

中国寄りの論説では、TPPの多様な例外の援用により、中国の加盟を楽観する意見もみられる。だが中国がこうした例外頼みの姿勢なら、中国は上記の加盟ベンチマークを満たせず、手続き開始の全加盟国の同意は到底得られない。

さらに中国の社会主義市場経済体制を前提にした場合、ルールの実効性確保のために「TPPプラス」の約束を求める必要もある。例えば国有企業章については、企業内党組織による経営介入の制限、および地方政府企業や政府系ファンドによる競争わい曲の防止が挙げられる。電子商取引章についても、民間データへの強制的な政府アクセスの制限、データ移動を妨げる中国独自の広い安全保障概念(総体国家安全観)の明確化などが指摘できる。

経済産業研究所での加茂具樹・慶大教授らと筆者の研究では、今回の加盟申請は中国の要求に沿って国際秩序を形成する「制度に埋め込まれたディスコースパワー(発言内容を相手に受け入れさせる力)」の獲得の一環であり、アジア太平洋の経済秩序の中核をなすTPPの書き換えを目的としていると理解した。こうした戦略が、貿易わい曲的な政策手段を認めさせるべく高水準の自由化を目指すTPPのルールを損なうなら、許容されてはならない。

他方、台湾については、WTO貿易政策検討報告書などによれば、農産物の市場アクセス制限や外資規制などの指摘はあるが、課題は比較的少ない。当局がTPP加盟に向けた法整備状況を公開し、またTPP締約国のシンガポール、ニュージーランドとは比較的高度な自由貿易協定(FTA)を締結するなど、今後の円滑な加盟が予想される。

もっとも、市場アクセスでは、東京電力福島第1原発事故以来続く一部の日本産食品の輸入制限が課題となる。また成長促進剤(ラクトパミン)投与の豚肉も、12月の住民投票の結果次第で再び輸入禁止となる可能性がある。TPPでは、食品安全上の措置はWTO衛生植物検疫(SPS)協定に適合することが前提であり、国際基準や科学的証拠に基づかねばならない。台湾はなるべく早く、こうした措置の協定適合性を確保する見通しを示すべきだ。

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中台加盟交渉では日本のリーダーシップが本格的に試される。日本がTPP締結を主導した際には背後に米国の暗黙の同意があり、政権交代による数年後の米国復帰への期待もあった。

だが今や米国は復帰の動機に乏しい。バイデン政権は労働者重視で国内競争力強化を優先する。日米貿易協定や米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)など自国に有利な通商協定も締結した。また今夏に浮上したデジタル協定構想や、安全保障協力枠組みである米英豪のAUKUS(オーカス)、日米豪印のQuad(クアッド)でも当該地域に関与できる。特にクアッドは経済安保を媒介にして新たな通商秩序につながる可能性も指摘される。

今後日本は、米国の不在を前提に、TPPの中長期的なガバナンス(統治)確立を主導する必要がある。引き続き米国に復帰を働きかけることは必要だが、長期化が予想される加盟手続きでの中国によるルール緩和の圧力、そして仮に中国加盟が実現した後の履行確保を見据えると、復帰が不確かな米国頼みにはできない。TPPが「21世紀型のハイスタンダードなルール」を自律的に維持し、機能させる体制の構築が急務だ。

それには第1に英国の加盟手続きを着実かつ迅速に進めることだ。短期的には、英国に高水準の加盟条件を妥協なく実現させ、まだ定められていない加盟手続きの詳細を詰められれば、中台加盟交渉の良い先例となる。また加盟後は米国不在のTPPで中国に向き合うべく、ルール重視の価値観を共有するカナダ、オーストラリアを巻き込み、英国との緊密・強固な連携を速やかに構築すべきだ。

第2に米国が復帰せずとも、中台加盟について米国との連携は重要だ。米通商代表部(USTR)のタイ代表は中国の劉鶴(リュウ・ハァ)副首相との10月の会談で、産業補助金や国有企業による市場わい曲に対峙する姿勢を鮮明にした。中国による市場介入に対する米国の改革圧力は、TPPが中国加盟にあたり求める方向性と軌を一にする。

他方、6月に5年ぶりに再開された米台貿易投資枠組み協定(TIFA)に基づく協議は、将来の米台FTAへの布石であり、台湾にTPPレベルでの自由化を準備させる機会になる。

第3にTPP自体の多国間履行監視制度の拡充に速やかに着手すべきだ。当初の米国も参加したTPP締結時には、米国の監視と圧力による締約国の協定履行確保が期待できた。だが米国不在なら、紛争解決手続きと多国間監視を拡充し事務局設置も検討すべきだ。

最後に欧州連合(EU)とTPPの接続・連携を模索すべきだ。9月に示されたEUのインド太平洋戦略は、日米豪などに加え台湾との連携強化、そして中国への警戒感を明確にした。この文脈でのEUとの接続・連携は、高水準なTPPの堅持を強力に支援する。

2021年11月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年11月12日掲載