米通商法301条に基づく対中制裁が発動されたことにより、 国際通商体制は、「法の支配」が限界を迎え、「一方主義(ユニラテラリズム)」へ移行しつつある。 主要加盟国による一方的措置の応酬とあからさまな パワーゲームは、 1995年のWTO(世界貿易機関)体制の発足後、 例を見ない出来事である。
WTOの紛争解決に関する了解(DSU)23条では、他国の措置の一方的な違法認定と、 それへの対抗措置の発動を禁じている。発動する場合は、WTOの手続きを通じて行わなければならない。
つまり今回、中国は強制技術移転のTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に違反している、と米国が認定し、それに関する対抗措置を発動したことは、同条に違反している。
他方、中国も対抗措置を発動しているので、同じ違反を犯している。その意味で、米中両国はWTOの枠組みを逸脱した「場外乱闘」に陥っている。
米中がWTOの手続きを無視し、巨額制裁合戦を始めたことの影響は深刻だ。米国はWTOの準常設裁判機関である上級委員会の判断に不満を持ち、同委員会の欠員補充を昨年来阻止している。これによりWTOによる紛争解決の実効性が著しく低下した。米中の一方主義の応酬は、WTOの手続きを無視してもよいという風潮を招き、WTOの正統性をも貶めている。
米中両国は共に500億ドル相当の輸入品に追加関税を課し、米国はさらに2000 億ドル相当の輸入品にも関税を上乗せすると表明した。この規模は、これまでのWTOの制裁最高額40億ドルと比べケタ違いに大きい。ほかにも米トランプ政権の一連の措置が多くの紛争を生み、WTOに負担をかけている。
中間選挙以後も続くか 競争歪曲の是正は必要
近年はTPP (環太平洋経済連携協定)など地域協定の交渉・締結が増えている。これらはWTOのルール、そしてその実施を担保する紛争解決手続きによる多国間の貿易自由化を基礎として初めて、上積みの利益をもたらすことができる。米中の暴挙はこうした基礎を揺るがしている。
米国が対中制裁を発動したのは、 WTO協定が中国など国家資本主義諸国による競争歪曲に十分に対応できていない、という懸念があるからだ。これは5月の米中交渉における要求事項にも表れている。
トランプ政権の強硬路繰は今年11月の中間選挙までとの憶測がある。しかし、現行のWTOルールの脆弱性が制裁の主因とすれば、さらに長引く可能性がある。 そうなるとTPPやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)といった 米国抜きの代替的枠組みを拡充・模索する動きが活発化するだろう。
他方、米国の懸念は傾聴に値する。WTOの著しい弱体化がどの国の利益にもならないとすれば、新しいルールを策定し、WTOを補完することが必要だ。5月末に日米欧3極の貿易担当相が集まり、産業補助金や固有企業について、より厳格なルールを策定することで合意した。今後はこうした協調の加速が求められる。
『週刊東洋経済』2018年8月4日号に掲載