一、はじめに-現状と検討の視点-
通商救済法(trade remedy law)とは、輸入に起因する損害から国内の競争関係にある産業を救済する一時的措置に関する法令群を指す。たとえば知的財産権侵害産品の水際措置等を含むこともあるが、一般的にはセーフガード措置、ダンピング防止税、および補助金支出に対する相殺関税が代表的である(*1)。
日米自動車摩擦(1995)以後、日本は「攻撃的法律主義」(Aggressive Legalism)を通商政策上の戦略として採用してきたと説明される(*2)。しかしながら、通商救済法の援用を見れば、通商問題につき法的手段に訴える我が国の法文化は未成熟と言わざるを得ない。我が国の協定上の利益に対する無効化・侵害については積極的にWTOに付託する一方、輸入からの防衛策としての通商救済法の援用は皆無である。このことは他の先進国ばかりか、通商救済法の援用が広がりをみせる先進途上国にも遜色がある(*3)。ガット・WTOにおける歴史を繙いても、日本は常に被発動国の立場にあり、本邦初のガット紛争解決小委員会(パネル)付託案件であるEC・対日本製品部品ダンピング防止税事件(1990)以後、WTO発足後10年を経た現在まで、日本の申立案件の多くは全件通商救済法(対米)案件で占められている。また、現在のドーハラウンドにおいても、我が国はいわゆるADフレンズを組織し、被発動国の立場で交渉を行っている。
このためか、我が国の通商救済法制は、およそ活用を前提としているものではない。しかしながら、たとえば中国のWTO加盟に伴う「脅威論」は極論としても、これを批判的に捉える論者も中国製品の流入に対して我が国の産業調整が不可避であることを否定しない(*4)。このとき、新たな経済環境への対応に通商救済法の援用が短期的に不可避であるとすれば、使われないことを前提とした制度であることは許されず、他方でWTOの正当性を貶めない妥当な制度設計と運用が望まれる。
これまでの通商救済措置の援用が極度に少ない理由は、川下産業と川上産業の利害の不一致、外交上の配慮など事実上はさまざまであるが、法的視点からは、WTO協定の十分な国内法化の欠如に求めることができる。この国内法化は、協定の単純な引き写しを意味しない。パネル・上級委員会は、個別紛争を通じて積極的に現行規定の明確化や現実に適合した補足的な解釈を示し(*5)、先例は事実上判例法化する(*6)。よって、協定の国内法化では先例も十分反映することが要求され、このことにより、調査・発動当局ははじめて協定適合的な制度運用についての明確な指針を十分に与えられる。
また、WTO協定整合性はあくまでも最低基準を示すに過ぎない。通商救済法にはそれぞれの制度目的や各国事情に鑑みた合理的な運用の余地があり、協定は各国の制度設計に幅広い裁量を認める。これら協定を超えた制度の合理性・効率性の確保については、一日の長がある欧米の通商救済法制度に学び、広く公共の福祉に資する我が国固有の制度設計の参考とすべきである。
本稿は、以上の視点から我が国の現行通商救済法制を批判的に検討し、我が国通商救済法制度の将来像を模索する手がかりを示すものとしたい。
二、セーフガード(緊急関税・緊急措置)
1 我が国の法制度
ガット第19条およびWTOセーフガード協定の国内実施のための制度である。我が国の一般セーフガード法制は、二本立ての複雑な法規範の集合体で構成される。これは、WTOセーフガード協定が救済措置を「譲許その他の義務の停止」(ガット第19条1)と規定しており、救済措置として少なくとも関税譲許の撤回あるいは輸入制限の双方を想定していること、このため前者は財務省、後者は経済産業省と、所管官庁が異なることによる。
まず関税については、関税定率法第9条に根拠を有し、その調査手続細則は「緊急関税等に関する政令」(*7)に定められている。他方、輸入数量制限については、輸入貿易管理令第3条1項、ひいては外為法第52条に根拠を有する「貨物の輸入の増加に際しての緊急の措置等に関する規程」(*8)に定められている。両省はそれぞれの根拠法令に基づいて制度上独立(ただし実際は覚書に従い共同・連携(*9))して調査を進め、関税引き上げの場合は政令を定立し、数量制限を用いる場合は経済産業省告示を定める。
なお、このほかに別スキームの特別セーフガードが複数あり、農産物輸入対策、中国のWTO加盟に伴う経過的措置、我が国の締結した地域経済協定に伴うものなどが含まれる。紙幅の関係上、紹介は割愛する。
2 発動実績
一般セーフガードについては、これまでのところ2001年に、ねぎ、しいたけ、畳表に対して暫定的セーフガードが賦課されたのが、唯一の適用例である(*10)。本件においては最終的には日中両国関係閣僚が関連産品の「秩序ある貿易」の維持に合意し、確定的セーフガードへの移行は見送られた(*11)。
3 検討と評価
我が国セーフガード法令を俯瞰すると、実体的規定が手続的規定に比して、極めて貧弱な点が目を引く。法第9条1および規程2条はそれぞれガット第19条1および協定第2条1に相当する極めて一般的な発動要件を規定するが、重大な損害、因果関係など鍵概念を定義する協定第4条、および救済措置の態様を規定する同第5条は、十分に国内法化されているとは言い難い。
さらに、こうした実体的要件の明確化は、WTO紛争解決手続における準司法判断の集積を通じて行われてきた。一般セーフガード規定ではないが、「対中国経過的セーフガード措置の運用についてのガイドライン」(*12)を見ると、セーフガードの発動にあたり、我が国調査当局はこうしたWTOにおける先例を「参考」とすることが規定されている。このことは、一般セーフガードでも同様であろう。
こうした事実上の判例法の我が国当局による受容については、先のねぎ等農産物調査が参考になる。たとえば、協定第4条2(a)の重大な損害の認定にあたり、上級員会は関係国内産業へ損害要因が与える影響を当局が検討していることを要求し、特に事実に対する当局の説明が代替的な説明に説得力で劣る場合、前者は協定が要求する「理由を付した適切な説明」とはなり得ないとした(*13)。ねぎ等農産物調査では、輸入品シェアが輸入増加後も依然低く、また、価格も不作で高騰した時期との比較でなければ、12%の下落にとどまることへの説明力が問題視された(*14)。上級委員会が要求する損害発生に関する高い証明度について、我が国当局がどの程度認識していたかにつき、疑問が残る。
次に、因果関係分析、とりわけ不帰責規則(重大な損害に対する輸入増加とそれ以外の要因の寄与の峻別、協定第4条2(b))は、これまで全ての措置発動国を敗訴に導いた最も適合が困難な要件である。上級委員会は、この要件の充足にあたり、輸入増加と他の要因の分離や輸入と損害の間の「真正かつ実質的な関係」の認定などを求めた(*15)。この判断には、不十分なガイドラインで実施が極めて困難との批判(*16)がある一方、グレンジャーモデルなど計量経済学の先端的知見の誠実な援用により実施可能との見解もある(*17)。ねぎ等農産物調査においては、傾向の同時性の分析、輸入品と国産品の競争関係の評価、そして不帰責テストを実施しており、当局は先例が標準的に要求する因果関係分析の手順(*18)を踏んでいる。しかしながら、不帰責分析では要因の列挙にとどまり、具体的な峻別と寄与度算定の方法論については明確にしていない。
協定整合性以外では、既に指摘したとおり手続が煩雑な二本立てであり、さらに損害を受けた本邦産業の所管官庁の調査参加が注目される。これは政令第11 条および規程第9条がそれぞれ産業所管大臣と財務大臣・経済産業大臣の連絡を定めていることに起因するが、複数官庁の意見調整の行政コスト、および産業所管官庁の参加による中立性・客観性の棄損が懸念される。ねぎ等農産物セーフガード調査は極めて政治化したことで知られるが(*19)、産業所管大臣の参加はこれに拍車をかける点からも、批判される(*20)。
また、構造調整がセーフガードの目的であることは協定前文から明白であるが、関連の国内規定はない。ねぎ等農産物調査に際しては農水省より自発的に調整案が提出されたが、これは専ら構造調整に関する産業構造審議会の単なる意見表明に基づいたものに過ぎない(*21)。この点、米国法では構造調整援助が大統領の取り得る救済措置のひとつとなっており(*22)、このオプションの多様性が問題の政治化を防ぐことが指摘されている(*23)。
他方、我が国法制では、セーフガード協定が義務づけないセーフガード措置の公益性要件(国民経済上の必要性)を法第9条1項および規程第2条に定める(*24)。さらに平成14年改正では、政令第9条および規程第17条にそれぞれ公聴会の手続が新設された。これらは単に協定準拠性を越えて、より適正なセーフガード運用のための国際標準制度に近づいたものと評価できる。
三、ダンピング防止税(不当廉売関税)
1 我が国の法制度
関税定率法第8条に規定があり、細則は「不当廉売関税に関する政令」(*25)および「相殺関税及び不当廉売関税に関する手続等についてのガイドライン」(*26)がそれぞれ定める。いずれも、GATT第6条およびWTOダンピング防止協定を国内実施するための法制度である。
2 発動実績
93年の中国産フェロシリコンマンガン(*27)、95年のパキスタン産綿糸(*28)、および2002年の韓国・台湾産ポリエステル短繊維(*29)の3件を数えるに過ぎない。特に現行のWTOダンピング防止税協定に基づく課税は、最後のポリ短繊維のみである。なお、最初の2件については、既に課税は終了した(*30)。
3 検討と評価
法第8条の相当部分は、価格約束、暫定措置を含む不当廉売関税の課税の細則が占める。また、政令は法第8条の課税規定の補足とともに、調査手続の詳細(第7条~第13条)を定める。これらの手続的要件は協定よりも一部厳格であり、国内産業による濫用を防止する。たとえば、協定にはない申請者たる要件を定めている点(協定第5.1条、法第8条4項、政令第5条(1))、調査開始において態度を表明しない企業を不支持と見做す点(協定第5.4条、ガイドライン第6条(2))などがこれに当たる(*31)。
調査・課税については、昨年3月のガイドライン改正において一層の細則の拡充が図られた。特に調査における「知ることができた事実」(facts available)の適用については、ガイドライン第11条は協定第6.8条および同附属書IIの文言を越え、先例で上級委員会が同第6.1.1条の文脈で求めた証拠提出期限に対する柔軟な対応(*32)を反映する内容となっている(*33)。
しかしながら、これとは対照的に、協定に準拠した実体的発動要件については、ダンピングマージン計算に関する協定第2条は根幹部分のみ国内法化され、損害に関する同第3条についてはほぼ全く国内法化されておらず(以上、法第8条1、政令第2条~第4条)、我が国は協定の直接適用で対応することを表明した(*34)。直近のガイドライン改正も、実体的要件については、政令第4条2項で本邦の産業から除外される生産者の認定に必要な「支配」概念の定義を行ったに過ぎない(ガイドライン第5条(3))。また、協定第6.10条の国内法化としてマージン計算におけるサンプリング調査法の細則を定めたが(ガイドライン第12条)、損害認定に際しては協定第3.1条の解釈よりサンプリング対象外の輸入は損害認定から除外しなければならないところ(*35)、この扱いは明確でない。
このほか、先例で争点となった要件に絞って論じると、たとえば協定第2.4.2条はマージン計算における正常価格と輸出価格の比較を加重平均または個別取引どうしで行うことを求めており、特に上級委員会の解釈によりゼロ計算(zeroing-価格比較のための加重平均の算出において、負のダンピングマージンを示す個別輸出取引についてゼロと見なし、人為的に大きなダンピングマージンを創造すること)が禁止されるが(*36)、この点の細則がない。損害についても、当局による損害認定に際して「実質的な証拠」に基づく「客観的な検討」(協定第3.1条)の有無が問題となる事例が多く、上級委員会の示した一般的指針(*37)に沿って、損害認定の方法をガイドライン化する必要があろう。特に、協定第3.4条に列挙される販売、雇用など全15検討項目について、データの収集、検討、および報告書への明示的な結論記載の懈怠で協定違反を問われる事案が多い(*38)ことに留意する必要がある。また、因果関係における不帰責規則も協定第3.5条に明示的な規程があり、セーフガード調査において要求されるものとほぼ同様に解釈されている(*39)。
これらの点については、現状では協定の直接適用により対応するにせよ、ポリ短繊維調査報告書を参照するかぎり、十分とは言えない。たとえば損害の認定は形式的には協定第3.4条の全項目を検討したものの、主に利潤、投資収益率の少数の指標の悪化にのみ依拠して損害を認定し、悪化しない(つまり損害の立証に寄与しない)殆どの指標については、同条における指標の総合的検討の要請のみを理由に無視した(*40)。しかしながら、協定第3.1条の文脈で解釈される同第3.4条は、全指標の相互関係を論じ、総合的に産業の状態を判断することを求めており、個別指標の本件事実への関連性をそれぞれ説明するだけでは十分でなく、当局の説明は恣意性を払拭できない(*41)。
協定国内法化の範囲を超えた議論としては、たとえばECダンピング防止規則にも適用されている公益要件(*42)を挙げておく。EC法では消費者、川下ユーザー等を勘案して課税が共同体の利益となることが要件とされているが、法第8条1項の本邦産業保護の必要性要件はこのような解釈の余地がある。従来実務上は公益要件とは異なった解釈・運用がなされているが(*43)、課税裁量の要件(協定第9.1条)の発露としても説明されることから(*44)、協定整合性の観点からも必要性要件を公益要件として解釈・運用することが望ましい。
四、相殺関税
1 我が国の法制度
関税定率法第7条に規定があり、細則は「相殺関税に関する政令」(*45)、および前述の相殺関税・不当廉売関税ガイドラインがそれぞれ定める。GATT6条および補助金・相殺関税協定の国内実施を目的とする。
2 発動実績
仮決定を含めて課税実績はない。現在調査中の韓国産DRAMに対する調査(*46)が初の案件であり、その趨勢が注目される。
3 検討と評価
損害、因果関係については、セーフガード措置やダンピング防止税と同様の指摘ができるが、紙幅の制約に鑑み、本稿では補助金の認定・計算に絞って議論する。
相殺関税調査における補助金計算方法の選択について、協定第14条は加盟国調査当局に裁量を与えている。補助金の定義それ自体は協定第1条に規定されており、相殺関税の対象となるもののほか、協定第3条に禁止される輸出補助金も含めて、安価な立木伐採権の付与、民営化に伴う公正市場価格未満の国有生産設備の払い下げ、域外経済活動への課税免除などが、先例によりこれに該当する(*47)。
これを受けて、昨年3月のガイドライン改正では、相殺可能な補助金の類型および計算方法について第13条に詳細な規定を置いた。補助金の個別類型の定義の多く(出資、貸付け、債務保証、物品・役務の提供または物品の購入)は協定第14条のほぼ引き写しであるが、それぞれについて補助金の受領時期に対する考え方を明記した点は、協定にない我が国法制独自の規定である。この受領時期規定は具体性に欠け、当然のことを明記したに過ぎないきらいがある。しかしながら、債務保証のように政府の支出を伴わない資金的貢献については、協定第1.1条(b)に規定される利益を認定する要件として、過去に政府の費用の要不要が争われたことがあり、その意味においてかかる要件の明示には意義がある。ガイドラインは、利益の認定に政府負担はあくまで無関係とした上級委員会の解釈(*48)を、踏襲・明文化している。
現在進行中の本邦初の相殺関税調査である韓国産DRAM調査においても、この補助金の認定が重要となる。本件では、韓国半導体メーカーHynix社が政府本体以外の複数の金融機関より受けた金銭的支援が、韓国政府の委託・指示(協定第1条(a)(1)(iv)、ガイドライン第13項(1))のもとに行われたかどうかが争点となっている。本件については、同一の措置について発動した米国の相殺関税について、既に違反とするパネル報告書が公表された。同パネルは協定第1.1条(a)(1)(iv)を、輸出国政府の委託・指示は黙示でよい一方、委託・指示を受ける対象者や対象者のなすべき行為が輸出国の関連法令等において不明確であるほど、調査当局にとっては補助金の認定が困難となると解釈し、米商務省はこの立証を十分に行っていないと判断した(*49)。この解釈は直後の韓国・造船補助金事件パネル報告書にも踏襲され(*50)、特に同報告書は本年4月に上訴されることなく採択された。
他方、DRAM事件は現在上訴中であり、これまでパネルの判断にとどまっていた委託・指示概念の解釈が、初めて上級委員会によって提示される。上記ガイドラインを含めて我が国法令上委託・指示の認定について詳細な規定はなく、今回の判断(本年6月末)は我が国の本件調査の結末に、多大な影響を及ぼすものと予想される。
五、その他の制度的課題
最後に、このほか各措置に共通の制度的課題として、以下の3点を上げておく。
第一に調査体制については、セーフガードについて指摘した調査体制の問題点がダンピング防止税、相殺関税にも該当する。セーフガードと異なり、これら関税措置の主務官庁は財務省だが、財務大臣は本邦産業所管大臣および経済産業大臣には常に調査に際して協議・連絡を義務づけられ(相殺関税政令第14条、不当廉売関税政令第18条)、これらの官庁は常に調査に参加する(ガイドライン第8条(3))。この解消には、高度に技術的・政策的な行政判断ゆえに、米国国際貿易委員会(ITC)を模した独立行政委員会の設置も一案であろう(*51)。アジアでもたとえば韓国は1987年より韓国貿易委員会(KTC)を設置し、米国型の通商救済法の施行を行っている。
第二に司法審査を含む行政法上の課題がある。詳細は他稿に譲るが、たとえば調査手続の行政手続法との調和、課税措置と租税法律主義の整合性、司法審査で重要になる課税政令の処分性などが提起されている(*52)。また、通商救済法の司法審査は高度な専門的知見を要求するが、たとえば我が国でも知的財産権高裁が設立されたように、米国国際貿易裁判所(CIT)に倣った特別裁判所の設置も長期的課題となろう。
第三にWTO紛争解決手続における敗訴案件への対応である。通商救済措置につき協定違反を認定された場合、紛争解決機関(DSB)による違反是正勧告は、措置自体の撤廃でなく、再調査でも履行され得る場合がある。よって、米国ウルグアイラウンド法129条(*53)のような手続を用意する必要がある。米国は通商救済措置およびその根拠法令に関する違反是正勧告の履行を著しく遅滞し、WTO紛争解決制度の実効性・信頼性を損なう結果となっている(*54)。我が国は熱延鋼板ダンピング防止税事件、バード修正条項事件等の通商救済法案件で米国に履行を強く求める立場にあり、同様の行為は厳に慎むべきであろう。
2005年6月号『法律時報』に掲載