アメリカが輸入品のダンピング(不当廉売)などを阻止するために定めた「反ダンピング・相殺関税分配法(バード法)」を巡り、日本政府はEU(欧州連合)やカナダなど7カ国・地域とともに、アメリカに対する報復関税の発動をWTO(世界貿易機関)に申請、11月26日に承認された。
実際の発動は3件
WTOルールでは、ある加盟国の貿易に関する措置を巡って紛争が起きた場合、WTO紛争処理小委員会や上級委員会が、WTO協定に違反するかどうかを判断する。違反と認められた場合、加盟国がWTO紛争解決機関(DSB)の措置是正勧告に従わなければ、処理を申し立てた国は、違反国への対抗措置の発動をDSBに申請できる。
対抗措置としては、違反国からの輸入数量を制限するなどの措置も取れるが、WTOで約束した税率を超える関税の引き上げを行う例が多い。これが報復関税で、日本では関税定率法で、輸入品の価値と同額までの関税引き上げを認めている。関税引き上げによって、違反国の輸出量が大幅に減少したり、事実上、停止することになる。
紛争解決の手続きとして対抗措置が承認されたのは5件、延べ7カ国で、このうち、報復関税が発動されたのは3件だ。
輸出産業にダメージ狙う
このうち、アメリカの輸出優遇税制を巡って、アメリカとEUが対立した「外国販売会社税事件」では、EUは、40億ドル相当のアメリカからの輸入に対する巨額な報復関税の発動が認められ、3月に発動した。この問題は30年以上にわたる懸案だったが、ブッシュ米大統領は10月22日、この税制を漸次廃止する法案に署名、EUも報復関税を低減する意向を表明し、解決に向けて動き出した。
アメリカの鉄鋼セーフガード(緊急輸入制限)措置を巡っては、アメリカはWTO協定違反が確定した直後の昨年12月、措置を撤廃した。このため、日本とEUは表明していた報復関税の発動を回避した。ちなみに、日本などが発動しようとした報復関税は、セーフガードのみに適用できる、WTOの特別規定に基づくものだった。
報復関税は違反国の輸出産業に打撃を与え、違反国の国内に違反の是正を促す政治的圧力が生まれることを期待して利用される場合が多い。EUは、鉄鋼セーフガード事件では、ブッシュ氏の支持基盤である米南部などで生産が盛んな産品を関税引き上げの対象に盛り込んだ制裁リストを準備、功を奏した。
経済活動への影響
ただ、報復関税には問題もある。報復関税に基づく制裁金額は、違反措置によって自国が失った利益(例えば、相手国の違法な輸入制限によって停止した輸出額)と同等額に制限されるが、これでは、相手国に違反措置を徹底させる十分な圧力にならない場合がある。途上国が、経済大国を相手に報復関税を発動する場合も効果が限られる。
また、報復関税の根拠となる違反措置が、すでに当事国間の貿易を阻害している上に、報復関税によって実質的に同等の規模の貿易が停止すれば、両国の経済活動に一層の損失をもたらす。とくに、報復関税によって違反国からの輸入が減少、または事実上、停止すれば、輸入国内では、対象品のユーザー企業や消費者がダメージを被る。このため、EUは外国販売会社税事件では、EU域内への悪影響を和らげるために、報復関税を段階的に適用した。
「強化」支持は少数
今回の「バード法事件」では、日本やEUなどは、米大統領選への配慮から、目立った動きを控えてきたが、ブッシュ再選を受け、報復関税申請に踏み切った。DSBも発動を承認したが、本音では各国とも発動を回避したいところだろう。現に日本も当面発動せず、アメリカを説得するという。
2001年に始まった新多角的貿易交渉での紛争解決手続きの改正でも、報復関税が争点となっている。メキシコや途上国の一部は、報復関税などの対抗措置を強化する考え方を提示しているが、支持する国は少数だ。報復関税などに代わって、賠償金請求などで紛争を収める考え方が注目を集めつつある。
2004年12月6日 読売新聞に掲載