「自制能力」が低水準の時 人はルール強化を望む

亀井 憲樹
リサーチアソシエイト

社会には、「協力ジレンマ」が数多く存在する。それは、互いに協力すれば皆の満足度(社会的厚生)が高まるものの、個々人が利己的な動機を持つためその実現が難しくなる「ジレンマ」を指す。例えば、交通法規の順守、納税義務の履行、ゴミ分別・プラスチックゴミ削減・省エネといった環境への配慮、コロナ禍での感染予防行動などである。

企業と社会との関係にも、水質(有害物質)や空気環境(粉塵(ふんじん))に関する環境基準への対応、適切な会計処理と税法順守、販売や勧誘に際しての消費者保護など、社会的行動と利己的行動の衝突が無数に存在する。さらに企業内には、労働者間の協力ジレンマもある。分担が明確になっていない仕事の回避、勤務時間中の副業、チームメンバーの貢献へのただ乗りといった行動は、企業の生産性に負の影響を与えているかもしれない。

協力ジレンマの究極の解決策は、強制的に行動を変えるルールの導入である。罰則や褒賞により利己的な行動を変えさせることが可能だが、それには新たなルール運営のための費用負担が伴う。強制力に頼らず、人々や企業の努力、自主規制に委ねる方法で目的を達成できればそれがベストだ。

では、人々や企業はどんなときにルールに頼るべきで、どんなときに自主努力などの分権的統治を採用するべきか。本稿では、「それは関係者のセルフコントロール能力(自制能力)次第だ」と結論づけた筆者の研究を紹介する。

物価の短期的な変動は、資源価格や天候、地政学的リスクなどの外的影響を受けた市場の効率的な反応であることも多い。一方で、ミクロ的な財の価格設定者が、競合他社を横にらみして最適行動するため起こる、意図せざる同期現象もまた、物価の短期的変動を引き起こす原因になる。市場経済は、外からのショックに機敏に反応して適応する柔軟性を持っている一方で、不要な変動を内から生じさせてしまう力学もはらんでいるといえるだろう。

「経済実験」の実施

研究では2種類のデータを収集した。1つ目は、被験者の大学生にコンピュータールームでゲームをプレーしてもらう実験室内実験で収集する行動データである。実施したのは、「公共財ゲーム」と呼ばれるゲームで、そこでは同じグループに割り振られた人の「協力」と「ただ乗り」の衝突を観察することができる。

具体的には次のようなゲームだ。参加者各人は金銭を与えられ、そのうちいくらをグループに提供するかをそれぞれが決定する。提供された金銭は公共財投資に使われ、金額以上の便益が発生する(投資効果が生まれる)という設定だ。その便益はメンバー全員で均等に享受される。皆が貢献するほどメンバー全員が高い便益を享受できる。しかし、自身は金銭を手元に置きほかのメンバーが投資に貢献すれば負担なしに公共財を享受できるため、各プレーヤーには投資に協力しない誘因がある。

筆者はまず、公共財ゲームでは、制度や罰則の縛りがなければ協力が難しいことを被験者に経験してもらった。被験者は、その経験を基に、費用負担をしてでもフリーライダーへの罰則ルールを正式に遂行したいかどうかの投票を行った。その際に、人々の制度選好が自身の自制能力の状態によってどう影響を受けるかを確認した。

この実験では、有用性を立証された心理学の知見を用いて被験者の自制能力を調整している。人は精神的に疲労すると自制能力が減退するとされる。例えば、複雑な条件を満たす形で点滅する文章から特定の文字を一定時間数えさせるというタスクを実施することで、被験者が精神的に疲労した状況をつくり出すことが可能だ(なお、すべての実験は、倫理審査委員会の規定と了承の下に実施された)。

疲労状態での判断

実験結果によると、被験者が疲労し自制能力を発揮しにくい状況にある場合は、より大きな割合の人々がルール遂行に賛成票を投じ(図のA)、ルールに頼る形でジレンマを克服した。自制能力の大きさによって、人々が望み、機能する解決方法が異なるのである。

図1:自制能力とルールに対する選好
図1:自制能力とルールに対する選好

この結果の外部妥当性を測るケーススタディーとして、2つ目のデータをアンケート調査で収集した。調査内容は、新型コロナ緊急事態宣言時の①自主的な感染予防行動(自制)と②罰則など政府の権限拡大に関する選好である。

①に関しては「昼食は外食で済ますことが多かった」などの非自制的な項目について、該当数を質問した。回答データを該当数の多い順に並べ、中央値以上の人を「弱い自制タイプ」、未満の人を「強い自制タイプ」と分類した。

②は、警察のパトロール強化など権限拡大を意味する10項目の中で賛成する数を答えてもらい計測した。下図のBのとおり、弱い自制タイプほど罰則強化に賛成する傾向があった。詳細なデータ分析から、この選好の背後にあるのは他人の自制に対する悲観的予想ではなく、自身が自制したいというコミットメントの目的だとわかった。

グループの統治方法を決める際には構成員の合意が不可欠だ。合意なきルール遂行は組織への反発を招く。一方、合意があれば皆の満足度が上がり、また自らの意思が組織運営に反映されることで帰属意識や労働に関するモチベーションも高まるかもしれない。

実験とアンケート調査の結果は、例えば企業組織にも応用できるだろう。労働者中心の企業で職場民主主義的に労働者がルールの遂行を決める際、彼らの判断が自制能力に基づいている可能性がある。

自制能力という切り口で、拘束力のあるルールの必要性を見ると面白い。それは金銭損得や非金銭的要素と自制能力との力関係で決まる。例えばコロナ危機下で罰則を伴う外出禁止措置などが取られなかったのは、日本では同調圧力(ピアプレッシャー)が強いため、人々が自制能力の高低によらず自発的に感染拡大防止に協力し、ジレンマを克服できるためだろう。

一方、2019年から順次施行されている「働き方改革関連法」は、不順守時には罰則を伴う形で、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務などが設定された。これは企業と労働者とで交渉力が平等ではなく企業が自制できない可能性が高いためだと解釈できる。交渉力が高くない多くの被雇用者は、罰則を伴わない数多くの就業規則を自発的に守る。雇用維持や今後の自身のキャリア上の評判維持のため、十分に自制し規則を順守できるのだろう。

職場での同僚間の自発的協力も、同調圧力や同僚間における自身の評判への懸念など、非金銭的要素が自制を容易にすると解釈できる。

これだけですべてを説明することはできないが、社会や組織のルールを自制能力の点から考察することで見えてくるものは多い。

(本稿の参考文献等は、Kamei, K. (2022) “Self-regulatory Resources and Institutional Formation:A first experimental test,” RIETI Discussion paper 22-E-084.をご参照ください。)

週刊東洋経済 2024年3月16日号に掲載

2024年3月29日掲載