2022年6月から英国では6カ月にわたり週休4日制の実証実験が行われ、参加企業の9割以上は実証終了後も週休4日制を続けたいと答えた(BBC news[1])。生産性の向上やワークライフバランスの改善が理由だ。労働時間を短縮する場合には労働生産性の向上が不可欠である。短い労働時間で高い生産性を達成するための鍵となるポイントは何だろうか? 本コラムでは、組織内の民主的カルチャーが時間あたり労働生産性を高めるキーの1つと提案し実験室内実験を行った筆者らの研究(Kamei and Tabero, forthcoming[2])を紹介する。
企業組織の生産活動の多くはチームの形態をとる。チーム生産では、同僚の貢献にただ乗りする従業員のモラル・ハザード問題が労働生産性に負の影響を及ぼす。モラル・ハザードが起こる主要な理由の1つは、企業が従業員の労働行動を完全には観測できない点にある(Alchian and Demsetz,1972[3])。オフィスに出勤しても、常に監視するのは非現実的である。仮に監視を強化するとしても、それは人々の内発的動機を低下させ職場の雰囲気や規範を悪化させるなど弊害の方が多いだろう。コロナ禍から始まり、パンデミック終了後も持続する在宅ワークは、モニタリングをさらに困難にする。サイバーローフィング(仕事中にインターネットを使い仕事以外をする行為)や勤務時間の他の私的利用の懸念も高まる。2018年からの副業解禁により複数の仕事を持つ労働者も増えたが、勤務時間中にひそかに副業に励むかもしれない。Kamei and Tabero (forthcoming)では、職場の民主的カルチャーが従業員の協力姿勢や働く内発的動機と意欲を高め(例: Deci and Ryan, 1985[4])、時間あたり労働生産性を高めると論じる。
実験環境とデザイン
経済実験は英国ヨーク大学の大学生を被験者として用いて実施した。参加者は合計552人である。実験で被験者は3人からなるチームに割り振られ、図1パネルAで示す共同タスクに取り組む。このタスクは筆者らによって開発されたものである。共同タスクで各チームは、各セルに数字1、2、3または4がランダムに埋め込まれた15×15の表が与えられ、数字4の数を正しく数えることで報酬を獲得できる。3人のプレーヤーは、互いが異なる番号となるようにプレーヤー番号1、2、3のどれかが与えられる。プレーヤーkの画面にはk以外の整数が黒塗りとなって投影される。図1パネルAはプレーヤー1のコンピュータ画面の例である。1以外の数字が入っているセルは全て黒塗りされている。各被験者は自身の番号の数を数え、それをチームで共有し、数字4の数を正しく計算し初めて正解となる。例えば数字1、2、3がそれぞれ32、14、43である表では、数字4の数は225 – 32 – 14 – 43 = 136個である。チームは共同タスクを35分間好きなだけ取り組むことができる。
各チームは他の2チームとマッチし、3チームを1グループとした。つまり各グループには9人の被験者が属する。この設計は、現実の企業組織でも、各セクションが複数の作業チームから構成されることが多いことに対応する。報酬制度はグループでのレベニュー・シェアとした。チームが共同タスク1問正解すると、グループに属する9人はそれぞれ20英ペンスを獲得する(正解1問あたりの報酬1.8英ポンドが9人で平等に分割されるルールである)。各人の報酬は、自身のチームだけでなく他2チームの労働にも依存する。
この実験での特徴は、作業時間中に各メンバーが、皆に知られずにパネルBで示すテトリス・ゲームに画面をひそかに変え怠業ができる点である。サイバーローフィングや内職などの怠業の明示的な実験内でのモデル化だ。ゲーム画面に1分滞在するごとに18英ペンスの金銭的報酬も受ける。これは勤務時間の私的利用が個人的効用の増加に寄与することのモデル化である。つまり実験で被験者がすべきことは、(a)35分間をどう労働時間とゲーム時間に割り振り、(b)働くと決めた場合はどの程度強く働くかを決めることである。
35分間のタスク作業が始まる前に、各グループに怠業インセンティブ(ゲーム画面からの報酬)を減らす政策が導入される可能性があり、2つの実験(トリートメント)が実施された。
民主的設定:政策遂行が投票で決定される。各チームは1票を持ち、チーム内のメンバー間で政策の是非を議論し、コミュニケーションで賛成か反対を決定する。グループで2チーム以上が賛成した場合に、ゲーム画面からの報酬は18英ペンス/分から16英ペンス/分に減少する。
非民主的設定:政策遂行はコンピュータによりランダムに決定される。つまり50%の確率で、ゲーム画面での怠業からの報酬が16英ペンス/分に減少する。
552人の被験者のうち279人が民主的設定、273人が非民主的設定の実験に参加した。削減政策はモニタリングの強化と(怠業発覚時の)罰則と解釈できる。怠業発覚確率は小さいと仮定し、削減政策が怠業からの期待利得を下げる効果は2英ペンス/分のみとした。削減政策は金銭的利得構造に大きな影響を与えないが、制度遂行に関する民主的カルチャーと手続きを民主的設定のトリートメントに明示的に組み込むことができる。民主的設定と非民主的設定間での労働生産性の違いの比較が本実験の目的である。
民主的カルチャーは時間あたり労働生産性向上に寄与する
共同作業タスクで正解を導くには時間と協調が必要である。図2パネルAに、民主的・非民主的設定の別で、チーム作業1分あたり(3人が1分間怠業せずに作業に取り組んだ場合の)正解数を示す。削減政策の導入の有無にかかわらず全てのデータを用いて計算した。これによると、民主的設定で実現した労働生産性は0.535問/分である。この生産性は、仮に35分間ゲームをせずに作業をした場合には18.7問(=0.535×35)を正解できることを意味する。一方で非民主的設定での労働生産性は、民主的設定より16.8%も低い0.445問/分であった。民主的設定での時間あたり労働生産性は、非民主的設定に比べて統計的に有意なほど高い(両側p < 0.05、ブートストラップ法)。
民主的カルチャーが労働生産性に与える効果は削減政策導入の有無に影響を受けない。政策が導入された場合、生産性は民主的設定で0.529問/分、非民主的設定で0.462問/分であった。導入されなかった場合、生産性は民主的設定で0.539問/分、非民主的設定で0.431問/分であった。このことは、民主的カルチャー(民主的意思決定)が労働選好そのものに直接影響したことを意味する。
図2パネルBでは35分間の作業期間を4つに区切り、それぞれで労働生産性を計算した。民主的カルチャーの生産性への正の効果が持続しているのが分かる。なお民主的設定では、労働生産性上昇という正の効果とは反対に、労働時間が減少した。これは強い努力の結果として疲労が影響したのかもしれない。しかし時間あたり労働生産性の強い効果(図2)の恩恵を受け、チーム生産(正解数)が非民主的設定よりも低くなることはなかった。
本研究結果は、短い労働時間で高い労働生産性を実現するためには、意思決定権限の分権化や職場でのルール導入・変更や労働環境整備に従業員の声をうまく反映させるなど、風通しの良い職場民主主義を行うことが重要であることを意味する。従業員の関与や参画は、自ら考えることでグループ生産やモラル・ハザード問題への理解を高め、協力・協調に関する内発的動機も強化する。内発的動機が十分に高まれば、強い従業員エンゲージメントから、モニタリング等なしに自律的に業務に取り組むだろう。人手不足が深刻化する日本の状況と、冒頭記載した「週休4日制」という1人あたり労働時間縮小の議論は一見矛盾しているように見えるが、民主的カルチャーのさらなる推進が、労働生産性向上とワークライフバランス改善の双方の実現のために効力を発揮するかもしれない。