Special Report

レバレッジ効果―ジレンマの解決のために遂行される制度が機能する条件とは?

亀井 憲樹
リサーチアソシエイト

われわれの社会や企業等組織の構成員が直面するインセンティブ構造は『社会的ジレンマ』となっていることが多い。社会的ジレンマとは、互いに協力すれば皆がハッピーになれる一方で、逸脱の誘惑が強いため、個々人の私的行動に委ねると社会的に最適な状況が実現できない問題を指す。例えば、日常生活など社会での人々の協力規範順守や環境配慮行動、企業組織の設定ではユニット・部署ごとで業績評価が活用される際の同僚間でのコラボレーションやチームワークなどが例として挙げられる。実験・行動経済学の文献を見ても、社会的ジレンマ下では、人は他のメンバーの貢献にフリーライドすると分かっている(例:Ledyard, 1995)。

現代社会におけるスケールの大きなジレンマの典型的な解決方法は、制度遂行に基づき人々のインセンティブ構造を変えることである。例えば、法や秩序、防衛、社会的インフラなどの公共財供給は、人々の自発的貢献に委ねることなく、(制度非順守に対する罰則を含めた)税制などルールを通じてなされる。企業組織では、労働者の怠業(さぼり)を防ぎ、仕事のモチベーションを高く保つために業績給やトーナメントなどインセンティブ付与方法が工夫・設計され遂行される。しかしながら、社会的ジレンマはインセンティブ構造の改革だけで解決されるのだろうか?

本コラムでは、(A)社会や組織のジレンマ問題は制度遂行だけでは解決されないと議論し、一方で(B)制度遂行に派生して発生する『2次の』社会的ジレンマが十分小さくなるように設計できればジレンマ解決が可能であると示した私の論文(Kamei, Putterman and Tyran, 2023)を紹介する。

制度やルールの導入は完璧ではない

制度が効果的に機能するためには、それを管理・運営する主体(政府)の高いアカウンタビリティーが求められる。人々の順守・非順守の適切な監視や制度運営にはコストもかかる。民主的社会では、政府機能・運営のチェックに社会的関与(civic engagement)が有効である。例えば、多くの人は毎日30分から1時間程度の時間を費やし時事ニュースをチェックするかもしれないし、投票など国民の義務も果たすだろう。一部の人はもっと大きなコスト(例:時間)を市民的関与に費やす。一方で、1人の社会的関与が与える効果は通常極めて小さく、社会的ジレンマ構造となることが多い。その場合、他の人の社会的関与活動にフリーライドし、自身は自らの利益のために時間を使った方が経済的にはメリットがある。

企業組織においても同様に、社会的ジレンマは契約形態の工夫・報酬制度の遂行だけでは完全に解決されない。企業は、労働生産性向上を目指し、モラル・ハザードや労働者の怠業の誘因を減らすべく報酬制度や人的資源管理を工夫するかもしれない。しかしながら、労働者の仕事ぶりは完全には観測できないことから、モニタリングが必要である(Alchian and Demsetz, 1972)。近年、従業員のエンゲージメント向上など職場改革が議論されているが、民主的企業で従業員からのボトム・アップで組織内制度設計をした場合には、当然ながら従業員自身がモニタリングなど制度運営にも関与し責任を持つべきである(Barron and Gjerde, 1997)が、その活動は2次の社会的ジレンマとなる。従業員は他の従業員に(自身の評定には直接つながらない)モニタリングを任せフリーライドする衝動に駆られうる。

つまり、社会や企業組織において、元々の大きなジレンマ問題をインセンティブ構造を変えて解決しようとした場合、制度運営に派生する2次のジレンマが発生することになる。2次のジレンマはどの程度深刻なのだろうか。また、それはどのように解決できるのだろうか?

実験環境とデザイン

米国ブラウン大学の経済実験室で、同大学の学生を被験者として実験が実施された。実験は、政治的コンテクストを単純化し明示的に組み入れた混合経済の枠組みで設計された。公共財供給という元々のジレンマ問題(1次のジレンマ)は、「政府」が人々から税を徴収し公共財を供給する一方で、納税に関して非順守行動をとると抑止力のある強い罰則を受けるとモデル化した。社会的最適な(総余剰を最大化する)公共財供給の規模は人々の平均所得の40%を財源とする場合と仮定する。政府は、集めた財源をもとに、(a)法や社会秩序、安心・安全な社会インフラ、環境問題への対応など皆に直接的便益のある公共財と(b)人的資本向上への教育的支援や契約履行のためのルール運営など私的部門の生産性を高める間接的便益の提供という、2種類の財・サービスを供給する。

一方で、政府による順守行動のモニタリングや非順守への罰則遂行など制度運営は、人々の社会的関与が十分でない限り機能しないとの前提を置き、被験者は社会的関与の度合いを実験コミュニティー内で意思決定した。現実と実験設定が整合的なように、社会的関与活動は、混合経済における公共財供給ジレンマよりも規模がずっと小さい、制度に派生する2次のジレンマとの前提を置いた。つまり、制度を遂行すると、1次のジレンマから2次のジレンマに問題が置き換わる、との設定である。実験での検証は、人々が2次のジレンマを自律的に解決できるか否かである。

社会的関与活動として、被験者は、制限時間内に『市民タスク』と『私的タスク』のどちらにどの程度取り組むかを決定した。図1パネルAに市民タスクの例を示す。政治家の主張を表す文章が与えられ、クリック&ドラッグで、主張に合致するグリッドに正しくアバターを動かすことで、政府が機能する確率が上がると仮定する。すでに示した個々人の社会的関与の影響が小さいとの前提を踏まえ、確率上昇分(Δp)は十分小さいと設定した。パネルAは「上院議員候補ウェンディ・ホワイトは無制限の銃の所持に賛成し、女性の中絶の権利を約束する」との文章に対するコンピュータ画面の例である。「銃を持つ権利賛成」「人工中絶権利賛成」のグリッドが正解である。

一方で、『私的タスク』に取り組む場合、同タスクが政府機能に影響を与えることはなく、正解は自身の利得増加のみに寄与する。消費者の購買等への選好に関する記述が与えられ、同文章に合致するようにアバターをクリック&ドラッグで動かすというタスクである。パネルBの例では、レストランでの食事と家庭料理の間での選好、高級とカジュアル料理の間での選好の別で、アバターを動かす。人々は『私的タスク』と『市民タスク』のどちらに時間を割くか決めるが、本設定では私的タスクからのリターンが社会的関与活動の機会費用であると解釈できる。

この研究では、『私的タスク』正解からの利得が高いケースと低いケースの2種類で実験が行われ、社会的関与活動の機会費用の大きさが、人々の市民タスクへの取り組みにどう影響するか分析した。なお、2つの実験設定ともに、『私的タスク』正解からの利得が、『市民タスク』正解からのリターン(確率上昇分)よりも大きいと設定した。つまり、いずれの設定でも、社会的関与活動は、政府機能を維持するために発生する、副次的な市民間の社会的ジレンマである。

図1:実験で使用されたタスクの例(コンピュータ画面)
図1:実験で使用されたタスクの例(コンピュータ画面)
注釈:実際に実験で使用されたタスク(コンピュータ画面)の例に日本語訳を付けたもの。実験は米国で行われたため米国の環境に合致した課題文が準備された。

機会費用が小さければ人々は2次のジレンマを自律的に解決できる!

被験者は24人から構成される実験コミュニティーに割り振られ、初期保有が与えられ、1次、2次のジレンマそれぞれで意思決定を行った。すでに説明した通り、実験での設定は、人々の初期保有の40%が公共財供給のために使われると社会的最適が実現する。図2は公共財供給ジレンマでの協力の難しさを示す。本実験環境で、制度に頼らず被験者の自発的貢献に委ねた場合には、人々の貢献額が極めて低く公共財供給は低調であった。社会的最適な貢献額(初期保有の40%)の約13.2%しか財源が集まらなかった。一方で、(強い罰則を含めた)税制を遂行すると、被験者はほとんど逸脱せず、社会的最適のレベルに近い財源が集まった。これは、アカウンタビリティーが高く制度が完全に機能する場合の結果である。

図2:1次の公共財供給ジレンマ
図2:1次の公共財供給ジレンマ
注釈:図の数値は社会的最適な公共財供給のために必要な財源(貢献額)に対し集まった額の割合を示す。

効率的な制度運営には社会的関与が必要との前提で人々の2次のジレンマ下での行動を見るために、被験者に市民・私的タスクの選択を15ラウンドと繰り返し行わせた。タスクは各人それぞれが独立して取り組んだ。各ラウンドの制限時間は40秒であり、その中で被験者は各タスクに取り組む数を決定した。図3は1人あたりの市民タスク平均正解数の推移を示す。パネルAが示すように、機会費用(私的タスクからのリターン)が低い場合は、利己的動機に反し、被験者は市民タスクを平均1問以上正解し、その向社会活動は持続した。この水準は、機会費用が大きい場合(パネルB)に比べると約52%も高かった。まとめると、機会費用が十分低い場合には、人々は自律的に2次のジレンマを解決できると分かる。

図3:市民タスクの平均正解数の推移
図3:市民タスクの平均正解数の推移

レバレッジ効果 

人々の自発的供給に委ねると1次の公共財供給ジレンマは解決できない。一方で、インセンティブ構造を変えるべく制度を遂行すれば、2次のジレンマが発生するが、機会費用が十分小さければ人は自律的に同ジレンマを克服できる。この背後にあるメカニズムは、1次の公共財供給ジレンマを解決した時に得られるリターンが、派生的な2次のジレンマで社会的関与活動に時間を費やすことで失う私的リターンに比べずっと大きいからであると、筆者らの論文(Kamei, Putterman and Tyran 2023)は議論し、本効果を『レバレッジ効果』と呼んだ。機会費用の大きさは私的行動と向社会的行動のトレードオフで決まる。例えば、政策の策定プロセスの透明性確保やデジタル改革を進め、政府と人々との距離を縮め関与しやすさが高まれば機会費用は下がる。

このメカニズムは、類似の構造を持つ企業組織にも適用できる。キーとなるポイントは、モラル・ハザード等ジレンマを解決するために導入された契約形態や報酬制度に派生する、2次のジレンマが解決しやすいか否かである。契約形態や報酬制度の適切な設計は重要であるが、同様に2次のジレンマの解決も必須である。例えば、レベニュー・シェアやチーム成果方式がとられるチーム報酬制度を活用した場合には、ピア・モニタリングや同僚間での協力が必要となる。

2次のジレンマ解決は、向社会的に行動することの機会費用を下げる、または逆に、協力するインセンティブ、つまり向社会的行動への内発的動機を高めることで達成が容易になる。例えば、特に日本企業で推進が必要なDX(デジタル・トランスフォーメーション)化やAIなどの新しい技術の職場での積極的活用で、2次のジレンマそのものを発生しにくくすれば機会費用を下げることが可能である。また、従業員の内発的動機は、近年の働き方改革等での議論のように、従業員一人一人のニーズに合ったフレキシブルな労働形態の実現や民主的な職場環境の構築、また、従業員のエンゲージメント向上等により高めることが可能である。時間あたり労働生産性がOECD加盟国の中で下位(2021年は38カ国中27位)に低迷する日本にとって、企業の生産性向上は喫緊の課題である。企業内の協力ジレンマを効果的に改善するために、DX化などで職場の効率性を高め、併せて日本的職場環境のスムーズな改革が今後ますます重要になっていくことも推測される。

脚注
  • Kenju Kamei, Louis Putterman, Jean-Robert Tyran, 2023, “Civic Engagement, the Leverage Effect and the Accountable State.” European Economic Review, 156, 104466.
  • John Ledyard, 1995. “Public Goods: A Survey of Experimental Research,” pp. 111-94 in J. Kagel & A. Roth (eds.), Handbook of Experimental Economics, Princeton Univ. Press.
  • Armen Alchian, Harold Demsetz, 1972. “Production, Information Costs, and Economic Organization.” American Economic Review, 62(5), 777-95.
  • John Barron, and Kathy Gjerde, 1997. “Peer Pressure in an Agency.” Journal of Labor Economics, 15(2), 234-254.

2023年6月21日掲載