地方創生の本質

第11回 サービス生産のまちづくり

中村 良平
ファカルティフェロー

EBPM(Evidence Based Policy Making)という言葉が、地方自治体の企画・統計部署を中心に広がりつつある。その意図を汲んで和訳すれば、「客観的な検証に基づく政策立案」ということになろうか。言うまでもなく大切なことであるのだが、同時に国も地方もこれまであまり顧みてこなかったことである。EBPMにはデータ解析の知識が必要だが、高度な分析方法の習得は必要に迫られるまで気にする必要はない。肝心なことは、まず、きちんとデータをとり簡単なモデルで因果関係の分析をすることである。

長寿社会で高齢者は増える反面、多くの地方都市では若い人の流出もあり出生数は増えない。若い人の流出を押さえて、中長期的に出生者数を増やして行くには産業を創り雇用を生み出し、定住促進に向けた施策を実施したい。その考える施策に至る因果関係を客観的数字に基づいて把握しておくことが、有効な施策に結びつくのである。それには、わがまちの存在基盤、生活の糧が何なのかという「まちの存在理由」に立ち返っておくことが必要である。地方創生の原点は「まちの存在理由」であるからだ。

中山間地にある市町村では、しばしば基盤産業の優位性が失われたことでまちの活力を失ってきた。もし生活の糧となる基盤産業をきちんと認識していて、そこからの派生産業がまちのなかで多く生まれていたのであれば、雇用機会も維持でき若い人口の都会への流出はもっと防げたであろう。

まちの存在理由

そもそも「まち」とはどういうものなのだろうか。わがまちの存在理由を客観的につかんでおくことは、持続可能なまちづくりを考える出発点でもある。

「まち」とは他の地区に比べて人が集まって生活している人口密度の相対的に高い地域のことである。人々は一般に生活の糧を得るために働き、生活を楽しむために消費をする。反対に、生活のために消費をし、消費をするために生産活動をする人もいる。「まち」とは、消費する場所であり生産する場所でもある。そういった場所には、いろいろな店舗ができてくる。

それでは、なぜ人は集まって住むのであろうか。それは集積のメリットがあるからである。具体的に言うと、規模の経済と無視できない移動費用の存在である。もし規模の経済がない世界だと、各世帯はそれぞれが自分の裏庭で生産活動をし、離れて住んでいてもデメリットはない。

他方、生産活動には規模の経済を伴うものが多い。大きな工場の存在は、その典型である。また、地域資源を活用した地場産業も個々の中小の事業所には規模の経済がないかも知れないが、特定地域に集積することで生産活動の効率性が高まり、1つの産業集積として規模の経済を享受できる。光学レンズ(眼鏡)の事業所が集積する福井県鯖江市や金属洋食器製造事業所が多く立地する新潟県燕市などはその典型例である。いわゆる地場産業のまちである。兵庫県内にも西脇市周辺に集積する播州織物や三木市の金物、かばんの豊岡市など移出産業としての地場産業を持っているまちが多くある。同業種が集積することで、産業全体として個々の事業所が享受する外部経済を内部化できることで規模の経済が生まれる。それで生産性が高まり、さらなる集積を呼ぶことで人口集積が形成されるのである。

ただ、これだけでは商業やサービス業を雇用の中心としてまちが形成されている現代の都市の存在を説明できない。他にも生活の糧を生み出す基幹となる産業の存在が必要である。それは交易が可能なサービス業の存在である。これが移出産業としての役割も担っていることに意味がある。商業も含んだ広義のサービス業、あるいは第三次産業の特徴は、ものの移動ではなく人の移動によって収入がもたらされることである。そういった消費機会を享受するには、その場所に赴かないといけないのであれば、そこで人口集積の効果が発揮される。

三木市や小野市であれば、地場産業で域外マネーを獲得することよりもむしろ、神戸市への通勤という労働サービスの移出によって所得を稼いでいることで都市があるといえよう。

製造業では機械化の流れで労働生産性が上がる反面、三次産業の種類において多様化が進み、そこが雇用を吸収してきた。さまざまな業種が存在する多様性によって、都市全体で規模の経済性が生まれるということである。様々な業種が存在するから大都市になる。同時に、大都市だから様々な業種が存在する。現代都市は、多様な消費機会を生み出す器(Vessel)のようなものであろう。

まちの立ち位置

1つの県内で考えても、そのまちの立ち位置によって施策も異なってくるであろう。それを考える基が次の図である。これは2015年の国勢調査における常住就業者の域外への通勤比率と昼夜間人口比率を各軸にとって、県内市町をプロットしたものである。

図:通勤流出率と昼夜間人口比率の関係(2015年)
図:通勤流出率と昼夜間人口比率の関係(2015年)

兵庫県の南部は京阪神工業地帯の一翼を担う都市もあると同時に、大阪や神戸への通勤流出者が多い郊外型の衛星都市も少なからずある。図の右下方に位置するまちは通勤流出率が高く、昼夜間人口比率が低い。川西市や宝塚市、芦屋市などはその代表である。そういったまちでは、リタイヤ世帯が増加しまちが高齢化してくる。これまでは日々の労働サービスの移出で稼ぐまちであったわけだが、世代交代が進まないと、これからは稼ぐ糧がなくなる。そういった意味で、まちづくりの力点が変わってくる。

これとは対照的に左上方向にあるまち、豊岡市や姫路市、洲本市はどうであろうか。周辺町との市町村合併の影響もあろうが通勤流出率は低い。むしろ周辺地域からの流入者が多いまちであり、この場合、まちの施策が周辺地域へ波及する(あるいは漏出する)ことが考えられる。

また、加東市や福崎町のように右下がりの関係に当てはまらないまちはどう考えるのか。まちの中に大学や工業団地、住宅団地などがあり、近隣都市への流出があるものの、まちへの流入者も多いという昼と夜ではまちにいる人の顔が異なる特徴がある。住みやすいまちづくりで域内居住者を増やしていく施策が、やがてはまちの産業振興にもつながることになる。

地域経済構造分析

まちの立ち位置を確認した次は、まちの発展段階をチェックし、まちの稼ぐ力を顕在化させる必要がある。それには、次の3つのステップからなる「地域経済構造分析」を行うことである。

① 地域経済の循環分析:フロー分析
これは「地域が地域の外に対して財の出荷やサービスの移出で、どの程度、地域の外からお金を稼いできているのか、そして、そのお金が地域の中で十分に回っているのか」を見る。後者については、「お金が地域内で、どれだけの人々にどの程度、生活の糧になっているのか」を見るものである。また同時に、「地域のお金がどの程度、域外に出て行っているか」などを把握するものでもある。これらは、生産面においては投入物と生産物の出入り、分配所得については域際の移動、そして消費や投資といった支出面において必要なものの域内から調達の程度を見ることを意味している。

地域経済の循環分析には、財貨のフローを見る実物経済の分析に加えて金融経済を見る資金循環分析がある。財の取引を伴わないマネーフローで多くは信用取引によるものであるが、年金や交付金、さらには企業や家計の送金なども実物経済の取引という対価を伴わないマネーのみの移動である。

② 地域経済のポートフォリオ分析
株式保有のポートフォリオ分析(平均分散アプローチ)を適用する。産業別の生産額の変化率をリターン(収益性)、期間でその分散をリスクと考える。たとえば、生産額の変化率は期間平均で高いが変動も大きい産業は「ハイリターン・ハイリスク」となる。逆に生産額の変化率は期間平均で高くはないが、変動も大きくない産業は「ローリターン・ローリスク」となる。どのような産業の組み合わせが、まちにとって一定の収益性を維持してリスクを最小にできるかを考える。これはまちの経済が、構造不況や円高(円安)など外的環境ショックなどからの影響に弾力的に対応できるか、まちの産業構造の安定性を測るものである。

③ 地域経済の資産分析:ストック分析
地域経済の循環分析がフローに焦点を当てたものであれば、そのフローを生み出す源泉であるストックについての分析も必要である。例えば、生産活動において生み出された付加価値というフローは、機械設備のような資本というストックの活用、労働という人的資本の投入、土地という資産の利用などから生じている。そういった意味からも、私的資本、人的資本、社会資本、自然資本などの地域における賦存量の調査が必要となってくる。民間資本ストックの新しさ、公共施設の維持管理費、人間の技能やネットワーク、森林資源、観光資源としての風光明媚といった自然資本、生産活動に寄与する高速道路や空港、港湾のような社会資本、地域の伝統工芸を伝承する人的資本など。まちの有形無形の資産分析をすることは、都市や地域の比較優位性の発見にもつながる。

まちづくりの方向

地域経済活性化の定番は、公共事業と工場の誘致の二本柱であった。公共事業は、言うまでもなくインフラ投資であり、需要を刺激してまちの所得を底上げしようとする施策である。これに対して工場誘致は製造品出荷額という供給の増加によってまちの所得を高める施策であるが、そこには雇用の創出や立地による固定資産税の増収などの効果も大いに期待されてきた。

それでは、これからはどういったまちを目指せばいいのであろうか。「まち」には3つの要素が必要である。「暮らしやすい」まちづくり、「働きがいのある」まちづくり、「訪れて楽しい」まちづくりの3つである。「暮らしやすいまち」とは、安全・安心、利便性の観点で客観化できる。「働きがいのあるまち」とは、雇用機会の多様性のみならず仕事環境も重要な要素である。そして、「訪れて楽しいまち」は、観光資源だけではなく消費機会の多様性も忘れてはならない要素となってくる。

これまでのまちづくりは、基盤産業が一次産業や製造業に立脚することがほとんどであった。しかし、高齢者が社会の多数を占める時代になって、まちは消費サービスの差別化と多様性で外貨を稼ぎ、それを循環させていかねばならない。これは、ものからサービスの生産都市への移行を意味する。サービスの消費はコトの消費であり、それは人間の五感と関係がある。食べる、見る、聞く、触れる、香る、これらに関わるサービスの提供である。また加えて、食べる、休む(寝る)、動く(通勤・通学、散歩、運動)についても新たなサービスを創造することは、上流の製造業や建設業、農林水産業への波及効果を生み出すのである。

『ひょうご自治』平成30年3月号に掲載

2018年4月6日掲載

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