地方創生の本質

第10回 産業連関表の利活用

中村 良平
ファカルティフェロー

地域の産業連関表を作成することはそれなりに時間も費用もかかるのであるが、そのことは目標ではなく、まちの経済循環を知る出発点なのである。そして、その認識を持って、いかにまちの経済構造を変えていくかを考えることが、まちで住んでいる人や働いている人の所得を向上させることにつながる。

連立方程式としての産業連関モデル

産業連関表は企業間や消費者との内外の取引表であるので、鉄道マニアが時刻表を読み解くが如く、産業連関表をじっくり見て、産業別の自給率とか移輸出率といった指標を比べつつまちの経済を読み解くことはそれなりに面白いことでもある。

そして、産業連関表を土台として考えられた産業連関モデルは、財サービス1単位の生産に必要な各産業からの投入額が投入係数あるいは生産の技術係数として固定はされているものの、それによって産業部門の数の連立方程式でまちの経済システムを表現することが可能となっている。また、それを解くことで「まちへの需要が与えられると生産額がいくらになるか」を予測することができる。このときの未知数は生産額であり、連立方程式の係数は投入係数、定数項部分が消費や移出といった最終需要額なのである。かつては連立方程式を解くのには膨大な時間を要したのであるが、今日のパソコンでエクセルの行列関数を使えば瞬時に方程式は解ける。

産業連関モデルを解く

産業連関モデルは、まちの経済に対する内外からの様々な需要があって、そこから生産が波及し、所得が生まれるというロジックである。したがって、たとえば地方創生の事業で、まちの特産品を域外に今より1000万円多く売った場合であるとか、観光客でまちの消費需要が今より1000万円増加した場合の効果などを推計することができる。これは、公共事業や民間投資についても同様である。

限られた予算の中で政策の費用対効果を高めるには、どういった施策を講じれば、どのような部門で効果が生まれるのかを知りたいところである。これに対して産業連関モデルを解くことで、どのような消費や投資、さらに域外への移出といったまちの経済への需要がどういった産業にどの程度の影響を与えているかを比較検討する指標を作成することができる。これは「生産誘発係数」と呼ばれている。まちに対するどのような需要がまちの経済を活性化させるかを判断することができる指標なのである。

当然であるが、移出効果と消費効果を比べると、まちでの消費されるものには域外からの移入品もあるので、その分効果は割り引かれるが、移出品の場合は、転売を除いて移入されているものとは考えにくいので、移出効果の方が大きいことは直感的に明らかである。

それでは、まちの外からやってきた観光客の消費効果はどうなのだろうか。飲食店でそのまちの地酒を飲んだ場合は移出効果と同じであるが、まちの外からの移入したお酒だと小売りマージン以外の効果は生まれない。観光客がお土産物を購入した場合も、それがまちで製造されているものであれば移出効果となるが、まちの外からの移入品であれば、その効果は小売りマージンだけとなる。もちろん、まちの中で製造されているものであっても、その製造過程で投入される原材料などが域外からの移入であれば、その分経済効果は低下する。

経済効果の見方

産業連関表を活用した代表的な地域分析には経済波及効果の算出がある。地元プロ野球球団の優勝などによる消費活性化の経済効果、マラソン大会や観光イベントなどによる参加者や来場者による経済効果といった消費喚起型のもの、自治体が工場や商業施設を誘致したときの操業から生まれる経済効果といった地域の生産誘発型のもの、さらに公共事業や民間企業の設備更新などによる投資による生産誘発型の効果が挙げられる。

このときの「経済効果」とは具体的に何を意味しているのであろうか。ここでいう経済効果には3つある。1つは各産業の生産額がどの程度増えるかという「生産波及効果」である。2つめは各産業における付加価値がどの程度増えるかという「付加価値誘発効果」である。そして、各産業における雇用がいくら増加するかという「雇用創出効果」である。いずれも行政の施策評価にとって重要なKPIとなりうるものである。

新聞紙上などで書かれる経済効果とは一般に「生産誘発効果」のことを指している。そして、初期の支出や投資に対しての生産誘発額の割合を経済効果が○○倍あるという表現となっている。しかしながら、この生産誘発効果額には注意が必要である。本誌11月号でも図で示したが、生産誘発額とは、一種、収入額の合計値であるので、そこには他で生み出された付加価値が計上されており、実質的な所得の増加とは言えないのである。真の経済効果は付加価値で見るべきである。

もう1つ留意しておくことは、波及効果の行き先である。しばしば、波及効果が○○億円生まれたといっても、それがどこに帰属しているのかがわからなければ、政策評価とはいえないであろう。公共事業やイベント、企業誘致などあるが、その効果の行き先が偏っていたのではよくない。できるだけ多面にわたって効果がもたらされる事業の方が、真の波及効果は大きいと言えよう。これまでの産業連関表を用いた分析では、こういったことがほとんど顧みられていないのである。

様々な政策シミュレーション

まず、再生可能エネルギーを導入したときの経済効果について考えてみる。再生可能エネルギーの種類にもよるが、基本は新設した再生可能エネルギー部門からの投入によって、系統電力からの投入係数が低下することである。これによって、直接的には電力の移入が減少し、間接的に石油製品の移入額が減少することになる。結果、域内で使える資金が増えることで、まちにとっての経済効果が生まれる。売電の場合は、移出効果の扱いとなる。

次に、多くの自治体で実施している六次産業化の効果について考えてみる。用いる一次産品の種類にもよるが、仮にこれまで市場に出していなかったものであれば、純粋の移出増加につながる。しかし、移出していたものの一部を加工工場へ回すのであれば、移出額は減少しその効果は低下する。ただし、加工工場での一次産品の投入額が増加することで、加工品を製造するための他の投入額も比例的に増加することが予想される。このことは、その投入に直接関係する産業の生産需要を増やすことにつながる。もちろん、移入部分は割り引かれることになるが、産業の上流部分への影響は少なからず生まれる。そして、三次産業部門である運輸サービスを自前ですることになれば、それは運輸部門の自給率のアップにつながり、そこでの経済効果も生まれる。六次産業化は、産業がつながることでの経済効果の大きさを物語っていると言えるだろう。

高齢化社会が進展すれば、当然、家計の医療費支出や介護需要も増える。そのことがまちの経済にどういった影響をもたらすのかは関心の高いところである。通常のシミュレーションであれば、民間消費の医療や介護の金額が増えることでの経済効果を見ることになる。しかし、このとき支出に回る資金はどこから来るのであろうか。介護や医療費の支出の増加を他の支出を減らすことで代替するのであろうか、それとも貯金を使うのか、これによって経済効果は異なってくる。前者の場合は、消費支出額は一定で支出品目の割合を変えるシミュレーションを実施すればいい。後者の場合は、消費支出を外生的に扱う産業連関モデルでは対処に困るところであるが、長期的に考えると貯蓄と表裏の関係にある投資が低下する可能性も考えられる。短期的には単純に支出額を増加させることで対応できる。両者の効果の違いを比較することは、意味のあることである。

最後の例として、移住効果のシミュレーションを取り上げる。人口が減少する中で、大都市からの移住を促進する施策は重要である。所詮は国内での人口取り合いのゼロサムゲームであって人口減少には何の解決にもならないという意見もある。それはその通りなのだが、人口分布の極端な偏在解消の観点からは意味のあることである。

課題は如何にして移住者をまちに呼び込むかということと、もう1つは移住者がまちに住んでもらい仕事をしてもらうことによる経済効果である。後者の場合、移住して仕事をすることが前提の場合と年金を収入源としたリタイヤ層で消費生活が主体となる場合では、地域経済に与える効果は異なってくる。移住者の仕事が域内需要をまかなう部門であれば生産効果はないが、まちの外にサービスや商品を提供する仕事であれば、まちにとっての移出効果が生まれる。いずれにせよ、域内での消費活動が増えることの経済効果は生まれる。

構造改革シミュレーション

産業連関モデルは、需要主導の考え方の短期型モデルである。つまり、そこでは産業構造は変わらないと言うことが前提となっている。こういうことで、産業構造を所与とした分析が多かった。しかし、域内最終需要の構造は同じとしても、いまの投入構造や移入構造を変えてみると、どのような地域経済になるかをシミュレーションすることはできる。そういうシミュレーション実験を積み重ねて、持続可能な地域経済システムを見出していく。これは、一般均衡の考え方や供給側を考えると学術的には問題があるが、政策を考える上ではシミュレーションをする意義は大きい。

朝来市の経済成長戦略会議の中で、以前に筆者が産業連関表を用いて自給率改善という構造改革の効果を試算した例を述べる。まず土産物などの菓子類製造に関して、現状で移入率が0.928と極めて高く、県内からの移入額の13億1208万円の5%(6560万円)を朝来市の自前生産に転換したとする。また同時に、農産品の県外から移入額を1%(2959万円)低下させ自給に転換したとする。この前提での産業連関構造変革のシミュレーションを実施すると、朝来市の生産額は30.6万人の観光客増加によって8億3086万円(0.43%)の増加となり、付加価値額では4億5527万円の増加で地域構造改革後では5000万円以上多くなる。これを1人当たりにすると1万3656円の増加で、改革前に比べて約1225円程度大きくなる。このような客観的な数字に基づいた経済構造分析の結果は、地域経済活動にとってとても説得力があると思われる。

産業連関表の利活用

事業評価には、事前評価、事中評価、そして事後評価とあるが、地方創生の関連事業を実施している自治体にとっては、このうち事中評価が最も重要である。ここを怠ると産業連関表を作成した意義が半減する。1年経過してあまり成果が出ていないときには、産業連関表そのものに立ち返って連関構造のどこに問題があるかを精査することが不可欠である。それには、作成時から庁内で、専門家の協力を得つつ産業連関分析の勉強会を毎月1回はやっておく必要がある。年齢は関係ないが、庁内には関心とやる気のある職員は何人もいるはずである。こういった人材を育てておくことが、人事異動があっても産業連関分析の技能伝承につながるのである。

『ひょうご自治』平成30年2月号に掲載

2018年4月6日掲載

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