地方創生の本質

第8回 つながりの大切さ

中村 良平
ファカルティフェロー

11月号でその重要性を述べた「経済循環」の必要条件として経済主体間の「つながり」がある。ここでいう経済主体とは、まちに立地する企業や消費者のことを指す。産業振興と雇用の関係もこのつながりと循環のあり方にその原因があると言える。つながりの程度を間接的に判断する指標として、「経済基盤乗数」というものがある。これは基盤産業に対する非基盤産業の割合から求められる乗数値で、雇用波及効果の大きさを表している。

産業二分法

基盤産業の定義は、市町村単位、圏域単位、県単位というような地域の取り方によって何が基盤産業であるかは異なってくるものの、基本的には地域にとって外貨を稼ぐ(あるいは地域の外を販売市場とする)移出産業のことである。ただ、これまではあまり意識されてこなかったが、厳密には移入よりも移出が多い産業、すなわち純移出がプラスである地域にとってネットで外貨を獲得している産業ということになる。同一部門に属する財であっても品質が異なれば移出する一方で移入されることもあるし、ましてや集計された部門においては、統計的に同一部門で移出と移入が同時に存在しても不思議ではない。そういった意味からも、純移出がプラスである産業が基盤産業と考えることに妥当性が見いだされる。

そもそも基盤産業と非基盤産業という考え方は、産業を2つに分けて定義していることに他ならない。そこでは、主に地域内の人や企業を販売やサービスの対象とする業種と、そうではなく主に地域外の人や企業を販売やサービスの対象とする業種に分けることから出発する。

前者の場合は、域内を市場とするということであることから、人や企業がいないと成立しない産業(人口集積が必要な産業)、すなわち需要者が人(家計)であることから最終消費に対応する。対面で行うサービス業であることから、そこには人口に対してスケールメリットの働く業種ということになる。具体的には、行政サービス、対個人サービス(郵便局、銀行支店、学校、理容店、小売店、飲食店、不動産業、病院)などが該当するであろう。

また、居住人口ではなく昼間人口の集積、すなわち、事業所があれば成立する産業も同様に考えられる。需要者が企業であることから中間需要に対応するものとして位置づけられる。具体的には、対事業所サービス(保守点検サービス、弁当屋、司法書士や行政書士、会計事務所や法律事務所、広告業、情報処理サービス、輸送業)などが考えられよう。

これらは人や企業の存在があって成り立つ産業なので派生産業とも言われる。これとは対称的に人口集積や企業集積とはあまり関係なく立地できる業種を考えることができる。これは、その産業のアウトプットに対する主たる需要者がまちの外にいる場合である。具体的には、製造業における工場部門、場所(土地、山、海)を必要とする農業、林業、水産業、鉱業などが該当するであろう。人口集積がなくとも、地域の資源や社会資本、民間資本で成立することができる。こういった産業は派生産業ではない独立型であり、域外市場産業ともいわれる基盤産業である。

基盤産業の新たな識別

基盤産業というものは本来、まちによって異なるはずだし、また時代によっても変わってくる。これまで経済基盤乗数の実証研究のほとんどは、交易財を生産する産業と域内を需要先とする産業を先験的に分けて分析してきた。当然のことながら、その識別には産業分類の細かさが影響してくることになる。また多くの場合、農業部門や鉱工業部門に属する産業は移出産業と見なされることが多い。しかし、東京のような大都市を考えてみると、確かに農業も存在するが、そこでの生産物が移出されている額は非常に小さく、むしろ移入額の方が圧倒的に大きい。そういった場合、東京での農業部門は、純移出がプラスであるいう基盤産業の必要条件からすれば基盤産業とはならない。

そこで、「基盤部門に従事する従業者」という考え方で、特化係数を用いてそれを推計することを試みる。つまり、ある地域において特化係数が1.0を上回っている部分の従業者は移出部門に相当する人数ととらえるのである。

例えば、あるまちの繊維工業の従業者数が600人で、まち全体の従業者数の15%であるとする。他方、全国では繊維工業に従業する者の割合は10%であるとする。このときそのまちの繊維工業の特化係数は1.5となる。いま、繊維生産販売の市場が国内で閉じていると仮定する。しかし、まちにとっては国内他都市への販売が可能である。全国水準と同程度の従業者だと、600÷1.5=400人となる。このときの差、200人がまさに移出部門の従業者であると考える。このように考えると、どの産業においても修正特化係数が1.0を上回ることはあり得るし、どの市町村においても移出産業(基盤部門)の従業者は存在することになる(注1)。

乗数値が異なる要因

それでは、このような基盤産業から非基盤産業への雇用波及効果の程度を意味する経済基盤乗数値の異なりは、どこに起因しているのであろうか。

あるまちが少数の産業に特化している場合、そのまちの産業間の特化係数の分散は大きくなるであろう。逆に言えば、産業間の特化係数のばらつきが大きいまちは、少数の産業に特化していることが考えられる。こういった場合、まちの産業構成の多様性が低くなり、そのまちの基盤産業からの非基盤産業への波及効果は小さくなる可能性がある。すなわち、経済基盤乗数が小さくなるのである。

また、経済基盤乗数が異なる要因として、考えられるのはまちの人口規模であろう。人口規模の小さな市町村では産業構造に厚みがない(多様性がないとも言い換えられる)ので、基盤産業から非基盤産業への波及が小さくなると考えられる。そして、その中でも一次産業が基盤産業である市町村については、基盤乗数が小さくなると思われる。それは一次産業の出荷額が増えても従業者の増加に直結しないという理由と、一次産業の雇用と二次・三次産業の雇用がつながっていないという理由が挙げられる。

一次産業の六次産業化を考えてみると、製造(加工)から出荷に至る工程で、金属製品、プラスチック製品、印刷業、紙類など製造業に属する産業、デザイン業、運輸業、卸売業も関係してくる。こういった産業部門に属する企業がまちに立地して(取引関係という意味で)つながっていると、乗数効果も大きくなる。介護施設があれば、食材のケイタリング、歩行の補助器具、リネンサービスといったものが必要である。そうすると、製造業に加えて、飲食サービス業、物品賃貸業などがまちにあると雇用乗数値は高まる。

さらに考えられる要因としては、市町村の通勤流出率と流入率である。通勤流出率が高い場合は、まちの外で働いている人が多いので、まちの基盤産業が活性化しても、まちの雇用にさほど跳ね返らない。実は、域外への通勤者が基盤部門となっているのである。反対に通勤流入率の大きな市町村では、域外からの通勤者の家族は郊外に居住しており、そのまちの基盤産業からの域内市場産業への派生は郊外地域へ漏出することになる。

兵庫県の市町村

そこで、兵庫県の41市町について、2014年の経済センサス基本調査の従業者数を用いて産業中分類での修正特化係数を求め、そこから上述の定義に基づいて基盤部門従業者を算出し、経済基盤乗数を求めた。このようにすると、市町村によって経済基盤乗数の値は異なってくる。もちろん、その数値が大きいほど基盤部門の従業者の変化がまち全体の従業者の変化に与える影響度が大きいことを意味しているのである。

図を見ると、特化係数のばらつきが大きい(標準偏差が大きい)市町村ほど経済基盤乗数値の値が低下している傾向が読み取れる。このことから、特定の産業に大きく特化することなく産業の多様性がある地域ほど、経済基盤乗数が大きくなる傾向が読み取れよう。

図:特化係数の標準偏差と経済基盤乗数の関係
図:特化係数の標準偏差と経済基盤乗数の関係
(注)猪名川町は、乗数値は1.69だが標準偏差が9.86ときわめて大きいのでグラフの枠には入っていない。特化係数の標準偏差が大きいのは、水産養殖の従業者が相対的に多いことが理由である。

広域連携の効用

地方創生の交付金において、申請のキーワード(要件)に「連携」がある。自治体間の連携や企業、大学との連携も掲げられている。そのなかでも広域連携は、ダウンサイジングなまちづくりを考える際に避けて通ることの出来ない事柄であると同時に極めて実効性が難しいことでもある。

たとえば、地域の中心的まちであるA市の商業を考えると、隣接するB町の農業従事者の買い物は重要な収入源であり、B町の農業振興はA市に対して消費の外部経済をもたらす。しかしながら、A市はB町の農業振興は行わない。逆にB町の農業振興がうまくいかないと、町は宅地化と大規模小売店の誘致を推進するかもしれない。その結果、A市の中心部が空洞化に向かうという外部不経済も生まれる。

地方創生の総合戦略の実施の多くは市町村単位なので、このようなことが生じる可能性は否定できない。それぞれの自治体の首長は、その自治体の住民によって選ばれているからである。こういったことを克服するのに広域連携が意味を持ってくる。

そのメリットとして、市町村の枠を超えた広域連携によって経済主体間のつながりを高めることができれば、1つの自治体ではない多様性をもつことができ、結果的に雇用乗数値を高めることにつながることがあげられる。地域はつながりの多様性を持つことが必要であるが、人口規模の小さい自治体では容易なことではない。広域連携というつながりによって特化係数のばらつきは小さくなり乗数値は上がる。実際、図の黒の四角印は、姫路市を中心都市とする周辺の通勤流出率が10%を上回っている2市5町を相互につながりのある連携都市圏として扱った場合の位置である(注2)。姫路市も標準偏差は下がり、乗数値が上がることがわかる。

『ひょうご自治』平成29年12月号に掲載

脚注
  1. ^ 修正特化係数とは、通常の全国基準の特化係数を輸出・輸入依存度で世界基準に調整した数値のことである。
  2. ^ 高砂市からも14.6%の通勤流出率であるが、加古川市への通勤数の方が多いので姫路圏域には含めていない。

2018年4月6日掲載

この著者の記事