地方創生の本質

第7回 まちの経済循環

中村 良平
ファカルティフェロー

地方創生でまちが抱える疑問は少なくない。最近のインバウンドブームで観光客は内外から多くやって来るのだが、それがまちの活性化に繋がっているのだろうか。まちに立地する製造業の受注は増えているようだけど、その効果がどの程度まちの経済に還元されているのだろうか。イベントをしばしば開催しているが、その効果は何処(誰)に波及しているのだろうか。これらの疑問の根源をたどれば、いずれもまちの経済のつながりにその原因があることがわかる。それは言い方を変えれば「経済循環」のあり方に問題があると言える。

経済循環の捉え方

まちの経済の循環システムは、一般に[生産・分配・支出]三面から見るのであるが、図1では特に分配された所得から有効需要へと向かうときの循環を示している。まちの経済は開放的であるが故に、そこには多くのマネーの流入と流出がある。生産面では、その産出物を域外へ出荷して域外マネーを獲得すると同時に、生産活動に必要な原材料や中間財を域外から調達することでマネーが流出する。生産によって生み出された付加価値は、それに貢献した主体に賃金や配当、地代などとして分配される(①)が、域外からの通勤者や域外に居住する資本家(土地所有者も含む)であれば、その分配マネーはまちの外に流出する(②)。

所得になったマネーは行政サービスの対価(④)としての課税後(③)、消費(⑤)に回るか貯蓄(⑦)されるかのいずれかである。購入した消費財が域外から移入されたものであれば、それはマネーが流出することになる。また、域外で消費した場合には、それはこの「まち」への入り込み観光消費とは反対の場合で、財やサービスを移入していることになる(⑥)。そして、貯蓄に回ったマネーは、金融機関が融資することで投資に回るのだが、域内に投資されても資材の需要が満たされないと移入によってマネーが流出することになる。また、「まち」の外に投資される場合、まちの資金は流出し、投資の結果形成される資本ストックがこの「まち」以外の資産となる。所得から生じるこれら需要によって生産活動が再び生まれるという3つの側面からの循環が形成される。

しかしながら、ここで述べたようにまちの経済は漏出も多いので、それらをきちんと捕捉しておかないと三面等価は成り立たなくなる。ここにおいてまちの資金循環の課題は、貯蓄に回ったマネーが投資(⑨)に回っているかどうかということである。一般に、地域の投資に対する資金需要が資金供給を下回っていると、そのマネーは運用先を求めて、国債や社債のような有価証券(⑧)、またコール市場(⑩)で運用されることになって、多くの場合、地方の資金は、財貨の取引によるマネーの流動という実物経済ではなく、東京の資金需要を賄うようなマネーだけの流動という信用取引による金融経済の循環になってしまう。

循環と経済波及効果

図1は所得から支出需要に関わる循環部分であるが、冒頭に述べた経済効果の疑問は、むしろ生産需要について生じる域内調達ができているかどうかという産業の川上へのつながりである。

図1:まちの経済における三面からみた循環と漏出
図1:まちの経済における三面からみた循環と漏出

図2は、要素調達の循環について波及効果を見るフローチャートである。観光客がレストランで100万円を消費したとしよう。これは域外マネーを獲得していることを意味する。レストランの収入は100万円だが、材料をまちの農家・牧場から60万円で仕入れているので、レストランの所得は40万となる。農家・牧場の方は60万の収入を得るわけだが、他方で飼料の購入に36万円を充てたとしよう。すると、手元に残る所得は24万円である。そして、飼料会社はその原材料をまちの外からの移入で賄っているとする。最終的にまちの事業者の所得はまちのスーパーで消費される。

図2:経済循環と波及効果の流れ
図2:経済循環と波及効果の流れ

ここまでのまちの経済効果を表にしたのが表1である。このときこの観光収入に関わった主体の収入の合計は196万円で当初の100万円に対して1.96倍となっているが、これがいわゆる「生産波及効果」と言われるものである。しかし、所得(付加価値)の合計は82万円で100万円を下回っている。この理由は飼料の原材料が移入に頼っていることに依る。このときの所得効果あるいは付加価値効果は0.82倍となる。100万円というまちに入ってきたお金は当然それ以上に増えることはあり得ないので、最大の経済効果倍率というのは1.0である。それでは、生産波及効果は意味が無いのかというと、そうではない。この「生産波及効果」の金額が大きいことは、多くの主体が関わっていることを意味するので、それだけ経済循環率が高いということが言える。

図1:生産波及効果と所得効果の違い
収入 所得
レストラン 100万 40万
農家・牧場 60万 24万
飼料会社 36万 18万
合計 196万 82万
効果倍率 1.96 0.82

循環の意味と移出

地域経済におけるマネーの循環は、体内の血液の循環と同様、とても大切なことである。持続可能な地域経済にとっての必要条件とも言えよう。

地域での経済循環の典型的なケースとして、「地産地消」が挙げられる。そして、この究極は「自産自消」である。つまり、自分の裏庭で生産し、それを消費するということである。もし規模の経済性がなければ、そうなるかも知れない。しかし、これでは「付加価値」は生まれない。自分の生産した物を他人に売ると、生産コストに加えて付加価値という利益が生まれることになる。この利益というのは、購入する側にとっては「便益」に相当するものとして評価される。つまり、「自産自消」は自分でその便益を吸収していることを意味するのである。これは、持ち家のフロー評価をするときに用いる「帰属家賃」の考え方と同じである。

他人に売ることによって得られるマネー(収入)は、さらにその販売先がまちの外であれば、そのマネーはまちにとって外貨獲得ということを意味する。まちの経済は「循環」だけでは持続可能にならない。たとえば、固定資本は減耗するので、たとえ人口が増えていなくても経済活動を維持するには更新投資が必要になってくる。それには新たなマネーが必要となる。したがって、何らかの手段で域外マネーを獲得する必要がでてくるのである。こういった移出を増やそうとすることは、それがより良いものを生み出そうとする努力につながるので、社会全体としてプラスサムに向かうことが期待される。

域際収支の中身と財政移転

このように移出をすることで外からお金を稼いでくることは大切なことであり、それに関連して地域経済の自立性を見る尺度として「域際収支」がしばしば用いられる。そのときに使われる収支とは、地域が地域外に販売した額や地域外の人や企業にサービスを提供した額と、地域外から財やサービスを購入した額との差として定義されている。確かにこの数値がプラスで大きいほど地域経済は黒字であり、それは自立していることの証と言えるだろう。

しかしながら、これは域際収支を構成する1つである。地域間の所得の移動である所得収支、地域を越えて投資が行われる資本収支の概念が抜けており、域際収支を国際収支のアナロジーとして用いるのであれば、交易収支に加えて個人や企業の所得移転や域外からの投資なども考慮に入れておく必要がある。

生産活動から生まれた付加価値額が所得として分配されるのだが、それが地域外に出て行く方が入ってくる額よりも多い場合は、地域での使える所得は生み出された所得より小さくなるので所得収支はマイナスとなる。また、地域の貯蓄に対する投資需要の不足は、図1で示したように有価証券やコール市場での運用という形でまちの経済循環システムからの漏出となる。そして、民間経済の供給力がまちの需要を満たせてない場合は、交易収支は赤字となる。こういった資金不足の地方経済の特徴は、財政移転に支えられた次のような事後的に成り立つバランス式で説明できる。

財政移転=貯蓄マネーの流出+交易収支の赤字

このように、域外に資金が流出すると、域際収支の赤字(需要に対する供給不足)を補うのにそれだけ財政移転も必要になるという状況になっているのである。

地域内経済循環の落とし穴

日本全体でのモノやマネーの循環を大きな循環とすれば、市町村レベルではもっと身近な意味で小さな循環を考えることになる。

しばしばその具体策として、まちで稼いだマネーの漏出を防ごうと、できるだけ地元産品の購入を心掛けたり、地元の小売店で買い物を推奨することがある。いわゆる地産地消の実践で、確かにこれによって所得の漏れは小さくなり、まちの経済循環効果も大きくなるであろう。

ただ、これを追求することが正しい経済循環の姿なのかについては疑問の余地がある。同じ品質であれば価格の安いものを、同じ価格であればより品質の良いものを消費者は選択したい。域内調達で所得の流出は防げるが、それが行き過ぎると高コスト構造になり、地域居住者の効用はかえって低下することになる。高いものを買うことは地元の生産者の利潤を増やす反面、消費者の効用を低下させるのである。

そして、このまちでの循環効果が上がることは、このまちへ売っていた地域の移出効果が低下することになる。経済循環の一面だけを見て判断をしてはいけない。正しい経済循環とは、比較劣位や地域でないものは域外に依存する一方で、地域の中で優位なものを磨いて外からのマネーを獲得することである。

また、外貨獲得のために移出産業を育成することは必要だが、地域経済の規模が小さい場合(産業集積が薄い場合)は、移出を増やすことで場合によってはそれ以上に移入が増えることになる。そのためには、移出部門の投入産出構造を把握しておく必要がある。ここを見ておけば、重点的な施策をどうすれば良いのかがわかるはずだ。地域の身の丈に合った自給が大切なのである。

『ひょうご自治』平成29年11月号に掲載

2018年4月6日掲載

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