地方創生の本質

第5回 まちの生産性

中村 良平
ファカルティフェロー

経済の好循環

安倍内閣発足以来、経済成長の中心的考え方として「経済の好循環」の必要性が絶えず言われている。それは、「金融緩和や財政出動などによって企業収益が上がる。それが生産活動に貢献している雇用者への所得として必要十分に分配され、さらに分配された所得(税引き後)の一定割合が確実に消費に回る。また消費に回らなかったマネーは、金融機関に預けられるものの民間企業の資金需要から投資の形で有効需要に戻ってくる。これらの過程の中で雇用環境が改善され、所得の伸びが消費や投資を喚起する。」ということである。しかしながら、このサイクルで「そうなるはずだ」というロジックが現実として実感できないところに問題があり、その原因がどこにあるのかを突き止める必要がある。これは7月号で述べた「規範的モデル」での分析をきちんと行うことに該当する。

我々が日々接している「まちの経済」にとってもこの好循環は大切なことである。ただ国と違って、地方債を発行するといった財政政策はできても、金利を一律的に変えるといった金融政策は地方自治体ではできない。さらに「まちの経済」が対象となると、この循環はそう単純ではなくなる。生産、分配、支出という循環サイクルの各段階において、一国の経済に比べて人の出入りに加えて財貨の出入りもまちはその程度がかなり大きいからである。

課税後の可処分所得は、消費に回るか貯蓄されるかのいずれかである。まちにある店で消費すれば、それはとりあえず地域内でのマネーの循環にはなる。しかし、その店がまちの外からやってきた域外資本であれば、その売上金のかなりの部分はまちの外に出て行ってしまうであろう。貯蓄の場合は、そこで経済循環からの漏出となるが、それが金融機関の融資などを通じて地域への投資に向かえば経済循環に再び戻る。しかし、地域に投資先がない場合には、そのマネーは有価証券の購入やコール市場での運用に向かい、地域からの漏出となってしまう。

人口が減少する時代において、まちが持続可能であるには、「稼ぐ力」のある分野の生産性を高めることが漏出を極小化する好循環の形成において大切となってくる。

生産性の概念

ここでいう生産性とは、労働生産性を指すことが一般的であるが、実は生産性には3つあり、他には資本生産性と全要素生産性というのがある。まず、労働生産性については[付加価値額÷労働(人・時間)]であり、資本生産性は[付加価値額÷資本ストックからのフロー]、そして、最近しばしば見る全要素生産性とは[付加価値額÷(労働と資本の投入分の加重和)]となる(注1)。ここでの付加価値額は、収入から仕入れ額を引いた粗利に近い概念である。3つめの全要素生産性は異時点比較では技術進歩、地域間比較では技術格差を表す指標として用いられることが多い。全投入要素の1単位当たりの生産性の異なりとなれば、それは残差としての技術的異なりを意味するからである。ここでは以下、分母を就業者数とした労働生産性(付加価値生産性)で考える。

この労働生産性を高めることは、雇用が減少することを意味するものだと、しばしば主張される。確かに製造業などで設備投資をおこない資本生産性(あるいは資本装備率)が高まると、結果的に省力化につながり、労働生産性は高くなる。特に、ロボットなどITの投資であればなおさら現実味を帯びる。もちろん働き方を変えることで付加価値を高めることも可能であるが、工場の機械化が進む中では、雇用が減ることと労働生産性が高いことは表裏の関係になっている。

サービス業の生産性向上

我が国の経済では、従来からサービス業の生産性の低さが課題となっている。これは諸外国と比べて頻繁に言われるのであるが、サービスの質を考慮すると必ずしもそうでない。ただそうであっても製造業に比べると、サービス業は対人型で労働集約的な業態が多いことからどうしても労働生産性は低くなる。

兵庫県の県民経済計算で平成26年度の労働生産性を産業別で比べると、製造業が1207万円であるのに対して、卸・小売業が507万円、サービス業が408万円と3倍近い開きがある。しかし生産額の構成比では製造業が25.4%であるが、卸・小売業の9.5%とサービス業の17.7%の2つを合計すると製造業に匹敵するのである。県のGDPへの貢献度も大きいことから、サービス業の生産性を高くすることは地域政策的にも重要な課題である。

これはあるアパレル関係の小売りに関する話である。店では店員は接客業がメインの仕事だが、現実には接客以外に1万点に及ぶ商品の管理に追われていた。これまで商品のバーコードを1枚ずつ読み取っていたため、1つのコーナーで1時間かかっていた。しかし、ICタグを導入し、中のアンテナから電波を発する専用機械を商品に向け電波を受信することで、一度に複数の商品を読み取ることができるようになった。かかった時間はわずか35秒だった。その結果、作業時間は店舗全体で30時間から3時間に短縮された。これによって、スタッフはより接客に時間を向けることができ、それが販売力の強化につながった。

一般に、アパレル販売の仕事は付帯業務が多くなりがちで販売員としてやりたい仕事が削られてしまうのだが、接客による効果で売り上げが向上し、労働力を削減するどころか従業員を増やせるようになる。また生産性向上で、隙間の時間が生まれ新サービスが生まれる可能性もあろう。こういったことは、人手不足と言われるサービス業、特に介護関係の分野でも十分可能性のある話である。

宿泊業でも観光地の旅館の場合は、結構労働集約的なところがある。これは、箱根のある老舗旅館の例であるが、ここでは生産性を上げるために、これまでの当たり前であったサービスが本当に必要か1から見直した。1つは従業員の仕事を減らしたことで、もう1つは働き方を見直したことである。前者については、お客の靴の上げ下げ、部屋への案内、部屋の布団を敷くことなどをセルフサービスにし、それを宿泊費に還元した。これによって従業員の仕事時間は2時間以上削減され、また宿泊代も半額となり競争力が向上した。働き方の見直しでは、フロント係がチェックインのピークが過ぎた後にはレストランで夕食の配膳係も兼務、フロントにいればレストランに来たお客の顔もわかっているのでより良いサービスができる。これらのことで一人当たりの生産性が、これまでの3.5倍の5000円にアップした。そして、従業員はこれまで以上に休日が確保可能となった。

おもてなしの内容が客の本当に望んでいたものかどうかを見極め、そこから生産性を上げたことで従業員の満足感が向上する。そしてお客の印象も良くなり、収益も伸びるという好循環をもたらしたのである。

まちの生産性

このように1つ1つの事業所が自らの生産性を高めていくことは産業振興にとって重要なことだが、市町村の立場からすれば、これらを集計した「まち全体」として見たときの生産性の方により関心が向かう。

中小企業が多いまちの場合だと、大企業の大型工場が立地するところと比べれば、どうしても労働生産性が低くなる。中小企業と大企業を比べた場合、従業員あたりの資本装備率が大企業ほど高い傾向があるからだ。しかしながら、大企業の工場はそれ単体で生産できるものではなく、仕入関係など中小企業と有機的なネットワークを形成しつつ生産活動が行われていることから、まちの中小企業の存在は、大企業の高い生産性に間接的に貢献しているといえる。

また多くのサービス業は対人で行われることからその生産性は、人口集積や密度にも依存する。したがって中山間地など密度の低い地域は、人口集積のある高密度な都市部に比べてサービス業の生産性はどうしても低くなる。それを補うには、まち全体としての生産性を上げる工夫が必要で、それには人口集積度に規定されないICTを活用したネットワーク型サービスの創出とそれに基づく他分野の産業との連関効果を生み出す産業構造の構築が求められる。

ICTを使える人材は高い付加価値を生み出すので労働生産性も高くなる。地方移住戦略などで人材誘致を積極的に行うことによって地域の生産性向上に結びつけることが可能である。人口集積に弱い地域ながらも「まちの創造性、イノベーション」を人材誘致で発揮して、生産性を向上させる。併せて、域外へ財やサービスを提供する「稼ぐ力」を身につけ、それによって稼いだマネーをまちの中で循環させていくのである。

まちの生産性向上のロジック

ここで言うまちとしての「稼ぐ力」をつけることとは、とりもなおさず域外へ出荷できる財やサービスを創出し、育成し、また場合によっては再生することである。そのロジックは次のようになる。

まず、①まちからの移出が増加すると、その波及効果でまちの産業全体の生産額も伸びることになる。②移出部門の産業は収益が増えることになるので、そこからの派生需要として生産要素である資本への投資や技術開発への投資がなされ、これが時間をおいて労働生産性を高めることにつながる。つまり、まちの移出による外貨獲得での経済成長に伴い労働生産性が向上するというロジックである。③一方で、地域の移出財の価格変化は、技術進歩による労働生産性の成長が賃金水準の上昇率を上回るのであれば、地域の移出に関する価格競争力は高まることになる。④価格競争力が高まることは、まちの移出需要が増加することになる。

図は、都道府県単位ではあるが、その産業連関表から2005年〜2011年の付加価値額と労働生産性の変化率の関係を見たものである。両者の相関係数は0.86と有意な関係を示しており、付加価値の伸びは労働生産性の向上に寄与していることが読み取れる。

図:付加価値の変化率と労働生産性の変化率の関係
図:付加価値の変化率と労働生産性の変化率の関係
注)2005年と2011年の各都道府県の産業連関表の計数に基づいて作成。

これは、地域経済学の分野では地域間格差が拡大することの説明モデルとして用いられるモデルである。このような正のフィードバック・メカニズムによって、一旦成長し始めた地域がより一層成長し、格差の拡大へと向かうことが示唆されるのである。

『ひょうご自治』平成29年9月号に掲載

脚注
  1. ^ 付加価値額は、厳密には、そこから固定資本減耗を控除したものである。また、資本ストックのフローは、固定資産評価額に稼働率を乗じたものに(資本減耗率+貸出金利)を乗じて得られる。

2018年4月6日掲載

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