地方創生の本質

第4回 まちの稼ぐ力

中村 良平
ファカルティフェロー

総合戦略

現在、多くの自治体では策定した地方総合戦略を実行中であり、その検証作業もおこなわれている。地方創生の総合戦略を見ると、「攻める戦略」と「守る戦略」に分けることができる。「攻める戦略」とは地域の質・量を高めていこうとするもので、その代表的なものとして雇用機会や仕事を生み出し所得を高めようとする産業振興に関わる戦略が挙げられる。インバウンドを中心とした観光振興の数々の戦略もこれに該当する。これらは、「稼ぐ力」を高めるものである。これに対して「守る戦略」は、現状をなんとか維持しようとするための具体的な施策で、一例として空き家問題への対策が挙げられる。人口減少に伴う空き家の増加は多くの市町村にとって解決すべき喫緊の課題である。また、ほとんどの地方自治体が取り組んでいる移住施策も人口減少を少しでも食い止めようとする「守る戦略」である。そして、全ての市町村の総合戦略で記載のある子育て支援策も人口維持のため「守る戦略」に属する。経済学的な観点で言うと、「攻める戦略」が域外マネーを獲得するためのものとすれば、「守る戦略」は地域内でのマネーの循環を図るためのものと解釈できよう。

稼ぐ力の正しい理解

アベノミクスでも強調されている経済の好循環をもたらす出発点は「稼ぐ力」である。地方創生やその総合戦略の中で「攻める戦略」である稼ぐ力を高めることの必要性やその手立て等が述べられているが、正確には「地域の」稼ぐ力なのである。

これは民間企業が利益を上げるということだけを意味したものではない。企業のみならず個人や民間非営利団体、さらに公的部門も含めて「まち」全体が、地域のあらゆる資源(歴史資源、人的資源、社会資本、民間施設など)を有効に活用して、域外からマネーを獲得するということである。経営的視点は重要であるが、企業論や経営戦略論といった民間企業の稼ぐ考え方とは一線を画するのである。

まち全体としての「稼ぐ力」とは、域外にモノやサービスを提供し、マネーを獲得するということである。市町村単位で考えると、これは自治体の歳入を大きくするという自治体経営につながる。そういう意味では、国からの補助金獲得や年金収入なども地域の「稼ぐ力」の構成要素と言えよう。

地域の「稼ぐ力」を見るには、どれだけ域外に出荷したか、あるいは地域のサービスをまちの外からどれだけ需要したかを測る必要があるが、残念ながら市町村ではそういった直接の統計資料がない。従って、市町村で独自に調査をするか間接的な手法で推計するしかない(注1)。市町村において細かな産業分類でデータが取れるものに「経済センサス(総務省)」の従業者数(あるいは雇用者数)がある(注2)。この統計データを使って地域の相対的な集積度である「特化係数」を算出し、それが1.0を上回っていると移出力がある「稼ぐ力」のある産業と識別することができる。

ただこの場合の特化係数は就業者数に基づくものであって金銭データによるものではないので、解釈にはしばしば注意を要する。一次産品と工業製品では製品単価や労働生産性も異なるので、特化係数が同じであっても製造品の稼ぐ力の方が大きいと予想される。

また、地域の雇用対策としていわゆる「コールセンター」の誘致がなされる場合を考えてみよう。正規・非正規の別を問わなければ、女性の雇用者数はかなり増える。となると、「コールセンター」が属する産業中分類の「その他の事業所サービス」においてそのまちの特化係数が1.0を大きく越えることになる。特化係数が大きいことから、域外へのサービスを実施している(域外マネーを稼ぐ)産業部門として位置付けられる。そうすると、そのサービスによる対価として域外からマネーが地域に入ることになる。確かに就業者数で見ると「稼ぐ力」はあるのであるが、問題はその次の段階である。稼いだマネーの営業余剰がしばしば本社のある(大)都市へと移転する。これは利益(収益)分配の問題であり、域外マネーを稼いでいることに変わりないのだが本社がないことにより利益が地域に落ちないことになっている。基本的には稼ぐ力のある産業であるのだが、実態としては分配段階でマネーが漏出していると解釈できる。特化係数という間接的な識別方法と実際のマネーフローの違いから来るものなので、如何に本来の稼ぐ力のある産業となるかを考える必要がある。地方創生で、単なる工場誘致ではなく本社機能の移転を重要視していることはまさにそれに該当するのである。

比較優位の誤解

それでは、特化係数が1を上回っている産業を稼ぐ力がある産業として、これを更に伸ばしていくことがいいのであろうか。あるいは、いまは稼ぐ力はないが、やがて伸びる可能性があると思われる産業の育成に取り組むべきなのであろうか。

地方版総合戦略を読むと、しばしば「まちの比較優位な産業を伸ばしていこう」といったフレーズがある。このときの比較優位とは、たとえば、ある産業の出荷額が他の地域と比べて多いというような優位性を言うものではない。あくまでも、自分の地域の中で相対的に優れているもの(産業)のことを指しているのである。それは、自地域の中で労働生産性のより良いもの、さらには進展型として全要素生産性のより高いものが該当する。そういった産業を見つけ育てていくこと、さらにそれに地域のリソースをつぎ込んで特化していくことが大切である。これは、リカードの比較生産費説に基づいた考えであり、一国の産業振興のあり方に対してもこの考えが使われることもある。

しかしながら、多くの場合はその比較優位な産業に市場性があるかどうかまでは言及されない。比較優位な産業に特化するに当たっては、その将来にわたって(潜在)需要が十分にあるか、内外に対して価格優位性があるかといった市場性の概念が必要である。需要が小さいと、いくら頑張っても稼ぐ力は大きくなれない。価格優位性とは、市場で直面する(他の財との)相対価格の問題であり、他の地域における比較優位な産業と比べて価格的に優れているかという判断である。仮に価格に関して優れていない場合は、製品差別化ということで対抗するしかない。これは、経済用語で言うと「代替の弾力性が小さい」、つまり簡単には取り替えがきかないものを生み出すと言うことであり、これにはイノベーション(技術力)が必要である。

すなわち、いくら比較優位であっても、その産業に競争力があるか市場性があるかなどを考慮した今後の発展可能性がないといけない。1番目は技術力、2番目は価格力であり、3番目は特に需要面での将来性である。データは、あくまでもこれまでの趨勢であり、具体的な立地企業を念頭に置いたヒアリングやグローバル情勢を読んだマーケット分析が必要なことは言うまでもない。

移出産業のないまちは持続できない

域外資本に頼らない内発的な経済発展の重要性がしばしば言われるが、この基本は地域にある資源を有効に利活用して自立的な地域振興を目指そうとするものである。これを敷衍したものとして「里山的資本主義」がある。この考え方は、地域資源を有効活用しつつ環境への負荷を最小限とし経済循環を重視するもので素晴らしいものである。また、非経済面でも人的資本(ソーシャルキャピタル)に価値をおくことは大切なことである。

しかし、自地域内で循環させることだけでは地域は持続可能とはならない。生産に用いられているストックは資本減耗を伴うことから、更新投資をしないと生産水準は維持できなくなり、やがては縮小経済へと向かい生活水準が低下する。また、地域にないものは企業が生産活動に必要とする中間財だけでなく、家計が購入する消費財においても多くある。それは小さな地域であれば、なおさらである。そして、ないものを地域のもので代替できる場合とできない場合がある。化石燃料は地域で生産可能な再生可能エネルギーと代替できるが、自動車はどうであろうか? かなりのものは外からの移入に依存せざるを得ない。そうすると、地域の交易収支は赤字になり、それが財政バランスを悪くする。そして、結果的には交付税のような財政移転で赤字を補填することになる。

結局、地域の稼ぐ力が必要になってくるのであって、これは移出産業の必要性を意味している。移出を伸ばすことは経済の発展につながるが、これを経済成長至上の考え方と位置づけ、自治組織の強化や地域での交通事業、福祉事業に力を入れ、中山間地の地域は一次産業こそが基盤産業となるべきだという論調もしばしば見られる。しかし、これは考え方の筋道が間違っている。どのような過疎地においても一次産業がうまくいっているところでは、そこには必ず移出があり、結果として基盤産業としての役目を担っているのである。地域でできる交通弱者対策や福祉サービスは、外貨を稼ぐ力があってこそできるマネーの地域循環の産物なのである。

総合戦略の効果を高めるには

これまでの数多くの地域活性化策の事業でも稼ぐ力(移出力)を高めようとする努力を行ってはきたが、それが空回りになっていたことが少なくない。

この例として、観光客の増加でお土産品販売が増えたが、その増えた額ほどにまちの所得は増えないということがある。これは住民感覚に加えて、産業連関表等を使っての実証分析も可能である。この原因は比較的容易に見つかる。地場産品も場合によるが、お土産用のクラフト製品、お菓子類、練り製品、飲料(お茶やお酒)の素材はどこのものか、どこで作られているのか、ということである。これが域外での製造・調達であれば、折角のまちに生まれた需要も半減してしまう。何とか地域の事業所で提供できるように努力することで経済循環によって所得は高まる。

もう1つの例として、移住作戦で何世帯かがまちに移住してきた場合を考えて見よう。この経済効果は、住宅投資、消費需要の増加による経済波及効果でこれは容易に想像できることである。移住者には、年金生活者を除いて通常は仕事が必要であるのだが、地域産業に従事するか移出産業に従事するかでまちへの経済効果は異なる。前者の場合は、基本は人口規模に依存するので経済効果は小さい。後者の場合は、移住者自身が移出産業の担い手であればベストだが、そうではなくても移出産業に従事することで域外マネーの獲得に貢献できるのである。

『ひょうご自治』平成29年8月号に掲載

脚注
  1. ^ このような問題意識からも市町村で産業連関表を作成しようとする取り組みが地方創生の取り組みの中で増えてきている。
  2. ^ 経済センサスは事業所に対する調査で、個人や世帯に対する調査である国勢調査とは対象が異なる。したがって、前者の場合、農業や漁業のように個人事業主が多い分野では数字が実際よりも少なめに推計される。

2018年4月6日掲載

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