やさしい経済学―市場を創る技術革新

第8回 中小企業の課題

大橋 弘
ファカルティフェロー

一定規模以上の企業について、公的助成を通じたイノベーション政策が市場を創る技術革新の供給を後押しする効果があることを前回指摘した。市場を創る技術革新の過少供給が、政府の公的助成によって多少なりとも矯正される実態も明らかになっている。

翻って中小企業に目を向けると、まったく異なる様相が見られる。先に述べた「第2回全国イノベーション調査」によると、従業員数が50人未満の中小企業では、公的助成は市場創出型の技術革新の供給に何ら影響を与えていないのだ。さらに中小企業では、市場を創る技術革新を生み出すために重要な場である産学連携や特許情報へのアクセスが大企業のそれと比べ低調なことも明らかになった。イノベーション活動における阻害要因を具体的に尋ねると、その多くが資金的な問題よりも人材の問題が大きいと回答している。

事実、産学連携に参加する企業は、規模を問わず市場創出型の技術革新を生み出す傾向がある。つまり中小企業において技術革新を促していくためのひとつの課題は、産学連携の場との間を取りもち、かつ特許情報をよく理解し実務に反映させることができる人材を育成することにあると思われる。

本連載の冒頭でも議論したように、わが国では市場を創る技術革新が大きく出遅れている感がある。この理由には様々ありうるだろうが、日本企業の海外進出への鈍さが一因としてあげられそうだ。実際にわが国を見渡しても、ユニクロなど海外進出を果たしている企業は国内にとどまっている企業と比べて、市場創出型の技術革新を多く生み出すとともに、その技術革新から得られる売上高にも明らかに大きな差異が見られる。海外市場に進出することが市場を創りだす技術革新を生み出す源泉となる、という仮説自体は必ずしも目新しいものではないが、この仮説が定量的にどれだけ重要なのか、これまでのところ明らかにされていない。今後の研究の進展が待たれるところだ。

この点は、グローバル化とイノベーションという2つの異なるテーマが、「市場を創る」というキーワードを通して融合しうることを示唆する。本連載で紹介した研究成果が、近い将来において学術的に新たな市場を創ることになるのか、その波及効果の有無が確認されるのはしばらく先のことだろう。

2010年8月10日 日本経済新聞「やさしい経済学―市場を創る技術革新」に掲載

2010年9月6日掲載

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