GAFAと競争政策 日本、官民共同規制で独自性

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

半世紀ぶりに独占禁止法が大きく揺れている。震源地は米国だ。

バイデン米大統領は2021年7月、自国経済に市場競争を促す大統領令に署名した。背景には、情報通信や農業、処方箋薬など幅広い分野で、少数の大企業による寡占化が消費者利益や経済活力を奪っているとの懸念がある。米GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)に代表される巨大IT(情報技術)企業の市場支配力の拡大に対し、積極的な競争政策の執行強化が必要だと訴えた。

6月には、民主党左派の支持を受けるリナ・カーン氏が米連邦取引委員会(FTC)委員長に就いた。同氏は在学中に執筆した論文で、取引相手である中小企業に過大な負担を強いるアマゾンのビジネスモデルを反競争的として、消費者利益を独禁法の執行で重視する「シカゴ学派」の見方を批判し一躍注目を浴びた。

経済活動の重心がデジタル化に向かう中で、寡占化の一因である巨大IT企業の台頭を阻止できなかったのは、独禁法の運用に問題があったからではないか。こうした問題意識を背景に独禁法見直しの機運は、欧州など他国にも広がる。

本稿では独禁法を巡る情勢を概観しつつ、日本の競争政策への含意を論じる。

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米国経済の寡占化に最初の警鐘を鳴らしたのはオバマ政権だ。複数のマクロ指標(労働分配率低下、民間投資減退、生産性低下など)に表れる経済活力低下は、市場支配力の増大と関係があることを示唆した。さらに国際通貨基金(IMF)は19年4月、世界的に市場支配力の高まりがみられると指摘した。特に大企業の市場支配力の伸長が目覚ましく、GAFAなど巨大IT企業の台頭にその原因を求める論調が強まった。

GAFAによる市場支配力の拡大を、米独禁法の成立当初になぞらえ、巨大企業の存在自体を民主主義の危機ととらえて排除すべきだとする見方も一定の支持を集める。

これまでの米競争政策では、政策介入のない自由市場が市場支配力を抑止してイノベーション(技術革新)を促すというシカゴ学派の見方が優勢であり、デジタル市場に対しても競争政策の執行は抑制的だった。

だが19年以降、日本を含む多くの競争当局が調査報告書を公刊するなど、デジタル時代の新たな競争政策のあり方の議論が活発化した。さらにFTCは19年にデジタル技術に精通する部署を新設したほか、英競争当局も21年に新たなデジタル市場担当部署を設けた。

米議会下院の司法委員会は16カ月の調査を経て20年10月に報告書を公表した。GAFAの全最高経営責任者(CEO)が参加した公聴会を踏まえて提出されたもので、前述のカーン氏も執筆を補助している。

とりわけ以下の3点が問題視された。第1は潜在的な競争相手を市場から排除するための買収(抹殺買収)だ。GAFAによる年間数百件にのぼるスタートアップ買収が、将来のイノベーション競争を阻害している点が懸念された。例えばフェイスブックによるインスタグラムやワッツアップの買収は当初認可されたものの、その後競争排除の意図があったことが明らかになった。米国では現在、FTCによる買収の取り消し訴訟が提起されている。

第2は他社製品の横取りだ。アマゾンなどが自社のプラットフォームで取引された他社製品のうち、売れ行きの良いものを模倣して低価格で自社製品として販売していると指摘された。この点は、日本の公正取引委員会の実態調査でも浮き彫りになっている。

第3は自己優遇だ。プラットフォーム企業が他社のコンテンツを自社のコンテンツと対等に扱わなかったり、自社アプリの利用を強要したりする行為を指す。30%の手数料を取るアップルのアプリストアを経由しないと配信できない点を、人気ゲーム「フォートナイト」を運営する米エピックゲームズが不服として提訴したことが知られる。

米国では21年に入り、巨大IT企業の市場支配力を抑制するために厳しい法的措置を求める議員立法が次々と提出されている。主な内容は抹殺買収・自己優遇の禁止、プラットフォーム企業の複数事業での活動制限、個人がデータを自由に持ち運べるデータポータビリティーの促進、買収申請手数料の引き上げなどだ。

他方、米国ではGAFAのロビー活動が既に活発化しており、議員提出法案がそのまま成立すると予想する人は少ない。トランプ前政権下で米連邦最高裁が保守化する中で、巨大IT企業に対する競争政策の法解釈が大きく変わることは期待できないとの声も強い。それでも独禁法を巡る政策的な動きは株価に影響を与え始めているようにみえる(図参照)。今後の米議会の動向から目が離せない。

図:GAFAの株価と米競争政策

一方、日本ではアプリストアやオンラインモールに財・サービスを提供する中小企業が多いといった独自の事情を踏まえて検討されてきた。遅くとも16年には、GAFAとの不公正・不透明な取引関係が競争政策上の大きな課題として認知されていた。18年末にプラットフォーム企業に対するルール整備の基本原則を世界に先駆けて定め、巨大IT企業に対応する競争政策のあり方を議論してきた。

厳しい事前規制はイノベーションを阻害するほか、規制の潜脱行為を助長しかねない。他方、現行の事後規制は法執行に時間がかかりすぎ、反競争行為を防げないと指摘された。この点を踏まえ20年5月、大手プラットフォーム企業と行政が共同で取引環境を整備するという、世界でも珍しい官民共同規制を旨とするデジタルプラットフォーム取引透明化法が制定された。

同法は大手プラットフォーム企業に対し、取引条件などの情報開示と変更の事前通知を義務づけるとともに、行政の求める指針に基づき自主的な手続き・体制の整備を求める。行政が大手プラットフォーム企業との対話を図ることで、取引企業の予見可能性を高め、良好な取引慣行による競争を促すことを目指す。

もっとも、官民共同規制は大手プラットフォーム企業に規制内容を誘導され、行政が「規制のとりこ」に陥る可能性がある。大手プラットフォーム企業を共同規制の枠組みに真剣に向き合わせるには、不誠実なら厳格な法執行が控えることを意識させる必要がある。

日本の課題は、デジタル分野での公取委の法執行の経験値が乏しい点にある。21年9月にはアップルの案件で、17年にはアマゾンの案件で、それぞれ自主的な措置を講じるとの申し出がなされたことを理由に審査を終了しており、法執行がなされることはなかった。

厳格な事後的制裁に加え事前規制の強化により巨大IT企業に対峙する「米欧モデル」か、威嚇ではなく対話を通じて良好な取引慣行による透明性・公正性を自主的ながらも実効性のある形で促す「日本型モデル」か。いずれのモデルがグローバル標準になるのか、引き続き注目される。

2021年10月25日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年11月8日掲載

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