Special Report

RIETI EBPMセンター始動

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー(東京大学 副学長・公共政策大学院 教授・大学院経済学研究科 教授)

川口 大司
プログラムディレクター・ファカルティフェロー(東京大学公共政策大学院 教授・大学院経済学研究科 教授)

渡辺 哲也
副所長・EBPMセンター長(経済産業省 特別顧問/東京大学公共政策大学院 客員教授)

本鼎談では、2022年4月にRIETIが創設したEBPMセンター設立の意義と今後の期待について、RIETIで政策評価プログラムのディレクターを務める東京大学・川口大司教授とEBPMセンターのアドバイザーを務める東京大学・大橋弘教授に、EBPMセンター長に着任した渡辺哲也RIETI副所長が話を伺った。

EBPMの歴史

渡辺:
私どもRIETIでは、2022年4月にRIETI EBPMセンターを創設いたしました。センターでは、内外の研究者や政策当局と連携して、①これまで進めてきたデータに基づく事後評価型の政策評価に加え、②デジタルやグリーンなどの官民連携による大規模プロジェクトの事前評価、③評価に必要なデータやロジックモデルの提示などを行い、EBPMの進化を図るとともに、経済産業政策の高度化に向けた提言を行う中核的な研究機関を目指したいと思っています。

もともとEBPMは、政策が政策立案者の直感(のみ)で決まったり、今までやってきたからという理由で続けたりするのではなく、データに基づいて、政策の費用対効果を考えて決定し、行政への信頼感を高めるために始まりました。

EBPMは、海外では英国のブレア政権や米国のオバマ政権で始められ、教育政策や産業政策、犯罪薬物対策、貧困対策など幅広い公共政策の分野で使われています。日本でも2017年ごろから経済産業省、内閣府など各省庁で取り入れられてきました。川口先生は、東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)のセンター長を2022年3月まで務めておられましたし、RIETIや関係省庁でEBPMについてご指導いただいておりますので、まずこれまでの日本におけるEBPMの進展や課題についてご意見をいただければと思います。

川口:
CREPEや関係省庁でもさまざまなEBPMの取り組みがなされてきましたが、ここではRIETIでの取り組みに限定してお話しさせてください。RIETIのEBPMプロジェクトには、いくつか柱があります。

1つは関沢洋一上席研究員がリードしているプロジェクトで、RIETIで働く研究員チームが、主に経済産業省の政策の評価をしてきました。日本全体では2017年からEBPMが本格的に始動しましたが、このRIETIチームは非常に現場に近いところで、先導的な研究をされています。

また、大竹文雄ファカルティフェロー(大阪大学特任教授)がリードしているプロジェクトでも幅広い政策評価の研究が進んでおり、EBPMを行政プロセスに導入するための研究もされています。ワクチン接種を促進するための「ナッジ」のランダム化比較試験(RCT)など、信頼性の高い研究をされています。

さらに、田中隆一ファカルティフェロー(東京大学教授)が教育政策の評価をやっておられ、ここで私は労働政策の評価を担当しています。この分野はデータが少なくRCTが難しい分野ですので、伝統的な政府統計を使った自然実験で政策評価をしています。

どの分野の研究も、エビデンスの質が高く、信頼性が高いエビデンスを得ることを目標としており、ディスカッション・ペーパーとして公表している成果を学術論文に仕上げていく努力を続けています。今回のEBPMセンターの設立で、政策現場の担当者に寄り添ったEBPMの成功事例が作られて、他の省庁の方にもEBPMの取り組みが広がっていくことを期待しています。

渡辺:
ありがとうございました。続いて大橋先生ですが、大橋先生と渡辺安虎先生、北尾早霧先生(いずれも東京大学教授)の3人には、EBPMセンターのアドバイザーになっていただき、大橋先生にはアドバイザリーボードの座長をお願いしております。大橋先生からも、これまでの日本におけるEBPMの評価や課題をお伺いできればと思います。

大橋:
今年2022年は政策評価において記念すべき年です。政策評価法に基づき政策評価が政府に義務付けられたのが2002年で、今年は政策評価が導入されて20周年を迎えます。

政策評価法は第1条「目的」に、政策評価を何のためにするのかが書いてあり、「政策の評価の客観的かつ厳格な実施を推進しその結果の政策への適切な反映を図る」とあります。つまり、政策評価は評価そのものが目的ではなくて、政策立案のためにやっている。20年前には、そのような精神で法律が作られたのだと思います。

しかし、20年たった今、それが評価のための評価になってはいないか、評価が政策立案につながっていないのではないかとの声が聞かれます。現場では、政策評価は単なる事後的な文書作成作業のように受け止められてしまい、政策の評価と立案とがつながらずにいる場合があったようです。

EBPMは統計改革と裏腹でもありますが、統計改革は吉川洋先生(RIETIファカルティフェロー)が経済財政諮問委員会の委員だったとき(小泉政権)にもあり、当時はまだ「EBPM」という言葉はなく「エビデンスに基づく政策立案」でした。そのときは、その統計の供給と需要でいうと、供給側(統計をしっかり作る)の方に重きが置かれていました。今回のEBPMは、需要側(政策立案をする機関)に重きを置き、「統計整備」と「EBPM」を車の両輪として走らせる、これが5年前にEBPMが始まったときの理念だと思います。20年前に政策評価が導入されたときから、そうした考え方はすでにあったのですが、その点 に改めて立ち返ったともいえます。

これまで、EBPMは「エビデンス」ではなくて「エピソード」に基づくエピソードベースドポリシーメイキングだとか、政策のためにエビデンスを作っているPBEM、ポリシーベースドエビデンスメイキングだとかやゆされてきましたが、川口先生やRIETIがご尽力されてきたことで、エビデンスの重要性が政府内にかなり浸透してきたと思っています。

アジャイル型の政策立案の重要性

大橋:
政策のニーズもこの20年間で随分変わってきました。よくPDCA:Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)といいますが、政策を評価して改善する、P(計画)に反映させていくことで、政策はより良いものになっていきます。政策評価と政策立案は表裏一体です。重要なのは、Pで課題設定をしっかりやり、その課題解決にはどんな手段が適切かは実際にやってみないと分からない。データがなければ、PBEM(ポリシーベースドエビデンスメイキング)でデータを取りつつやってみる。それを評価して、次のPの段階でより良い手法に変える。そうしてPDCAを繰り返すという世界観も重要です。

不確実性が高まりながらも、世の中が加速度的に変化する中、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、GX(グリーン・トランスフォーメーション)、経済安保といった課題が次々と出てきて、PDCAを年単位で回すのは時間軸が長すぎるようになりました。他方で、一度始めたら、1年を超える長期で評価しなければならない政策も出てきています。

従来の政策評価の軸は「透明性」と「公平性」ですが、なかなかこの従来の2つの軸で政策立案の適正性を担保することは難しくなっています。そもそもP(計画)が非常に重要なのですが、世の中がダイナミックに変化することを前提にしたPの作り方、不確実性下での長期にわたる大規模投資に合ったPDCAの在り方を考えるという、新たな時代の要請に応える政策評価の新たな軸が求められるのではないでしょうか。そうした思いが今回EBPMセンターを作られた背景にあるのではないかと考えます。

不確実な世界では、データの重要性は疑いないと思っています。「アジャイル(機敏)型の政策立案」といいますか、単純に1対1で原因と結果が結び付けられる「線形型」のモデルだとP(計画)で一度決めたことが変えられない。これは行政の無謬性(政府のやることには間違いがない)という考え方に通じるものですが、世の中が不確実でダイナミックに変わることを前提にすれば、行政を無謬性の呪縛から解き放つために、一度決めても状況の変化に合わせて適切に変えられるという前提で政策を立案する。この政策を世の中の動きに合わせてダイナミック(動的)に変えていくという政策立案・評価のあるべき姿について、国民の間で合意をとっていくことが必要だと思うのです。

政策を変えるというと、「朝令暮改」との批判を招きかねないが、政策がうまくいかないときは別の政策手段に切り替える条件をあらかじめ念頭に置けば「臨機応変」の対応になる。そうした新しい事例を、RIETIのEBPMセンターで作るべきだと思っています。アジリティー(敏しょう性)が必要な政策分野が拡大しているので、EBPMセンターでそうした考え方や成功事例を作っていただき、他府省にも展開していただきたいと思います。

渡辺:
大変重要なご指摘をありがとうございます。まさに政策形成の前提が変わっているのだと思います。政策の時間軸とか、世界の不確実性とか、ダイナミックに世界が変わる中で政策をどうやって作っていくのか。そもそもP(計画)を作るときに、どういうニーズを取り込んで、どういうデータをそろえなければならないか、経済産業政策の在り方、その作り方そのものが問われていて、それに対応してEBPMの役割も進化していかなければいけないと思います。

EBPMはロジックモデルとデータ

渡辺:
われわれのEBPMセンターで取り上げる事業として、政府による半導体工場の誘致事業があります。海外の半導体メーカーと日本企業等が半導体の大規模工場を新設するので、それに対して政府が何千億円という補助金を出すという話です。この誘致事業について、経済産業省からアドバイスを求められています。

こうした大きな視点を必要とする大規模な事業の評価には、具体的に何が問題で、その問題の解決のためにどんな政策で何を促すのか、というロジックモデルが必要ですし、事業実施後に企業から評価に使うデータを出してもらうための事前合意が必要です。また、政府統計は公表まで1年〜2年かかったりしますので、これもあらかじめPOSデータなどを取れるようにしておけば、早くから経済効果を測定できるようになるので、いわゆるデータデザインも重要だと思います。

川口:
補助事業を受ける企業に、あらかじめデータの提供を約束してもらうというのは非常にいいアイデアだと思います。事業実施後に正確な評価ができるように、補助事業に採択された企業と採択されなかった企業の双方からデータがもらえるようなインフラを作っておけるといいですね。

大橋:
ロジックモデルをしっかり作ることと、評価に必要なデータを事業実施前から取れるようにしておくことは、EBPMの2本柱だと思っています。他方で、将来予測が難しい場合にロジックモデルをどう考えるのか、評価のデータをどう選んでおくのかは、新しい課題だと思っています。

例えば、(あくまで分かりやすそうな仮想例として、将来の空港利用者数は)Aになるのだと政府が一度言ってしまうと、A以外の結論につながる政策立案の議論ができなくなってしまいます。そして場合によると、世の中がどう変わってもAになると言い続けざるを得ない状況に自ら陥ってしまう。これが行政の無謬性における大きな問題だと思います。

ですので、今はAになると思うけれども、状況によってはBやCになるかもしれない。こうした想定をあらかじめP(計画)のロジックモデルに入れておく、そうしたアジャイル型の政策立案が求められるわけです。

川口:
ロジックモデルは、こうしたらこうなると左から右に矢印が流れていくように作られますが、大橋先生が今おっしゃったように、左から右に状況によって分岐していくようなモデルなのかなと思いました。

EBPMの分析には2つのステップがあります。1つは足元の状況をデータでとらえる部分。もう1つはAが起こったらBが起こるという因果関係をとらえる部分です。ロジックモデルでいう「箱」の中身を明らかにするのと、箱と箱をつなぐ矢印の部分を明らかにするという2つですね。これまでのEBPMは、この矢印にあたる因果推論(原因と結果の関係を統計的に証明すること)に力を入れていました。矢印が本当に成立しているかどうかです。ですが、今の大橋先生のお話を踏まえると、現状がどうなっているかをとらえることが状況の変化に対応するためにも重要ですね。

足元の状況をしっかりとらえることが重要であることを示す例を紹介しましょう。東京一極集中を防ぐために地方の最低賃金を上げた方がいいという議論があります。この議論に対して厚生労働省で最低賃金労働者の属性を調べたところ、高卒以下の学歴の方が多いことが明らかになりました。一方で、地方から東京に移動している方は高学歴の方が多いのです。最低賃金を上げて働きかける対象と、実際に地方から東京に出てくる人々の属性がずれていて、データからは最低賃金を地方で上げても東京一極集中を防ぐことにはつながらないことが示唆されます。このように、難しい因果推論をしなくても、現状把握をしっかりするだけで、政策的なインプリケーションが出てくることもあり、EBPMでは因果推論と同じくらい、あるいはそれ以上にデータによる現状把握が重要です。

EBPMの将来展望とEBPMセンターへの期待

渡辺:
EBPMセンターで今後実施する事業評価にグリーンイノベーション基金による技術開発があります。これは10年かけて行う大規模な技術開発事業の評価ですが、こうした事業を事業途中で評価して軌道修正しようと思っても、無謬性の問題からなかなか修正できません。こうした長期の事業についてアドバイスをいただけますか。

大橋:
政策立案の現場において一番難しいのは課題の設定だと思います。正しく課題設定できれば多分6~7割話は終わっているのではないでしょうか。

EBPMセンターは、政府の評価請負機関になるのではなく、分析においてはある種の政府との緊張関係があるべきだと思います。しっかり議論をして、仮に政策としてうまくいかないとの判断を下すにしても、何が失敗の原因だったのかを説明できるようにする。成否を分ける条件を検証できるようにしておくことですね。ただし、EBPMセンターはあくまでもアカデミックな機能であり、政策の説明責任を負うのは政府なのかなと思います。

川口:
大きな政策については、その政策を実施する過程でどういうメカニズムが経済に働くのかを検証して、そこから何か知見を得て次の政策に生かしていくべきでしょう。成功・失敗だけでなく、政策を実施して初めて明らかになる社会や経済のメカニズムもあるので、今後の政策形成に生かせる知見を得ることも重要だと思います。

渡辺:
弊所の矢野理事長も、EBPMは進化しなければならない、数量的な評価だけでなく質的な評価もする必要があると言っていますが、先ほど大橋先生がおっしゃったEBPMセンターはデータだけでなくロジックも含めてというのは、私どもへのエールだと受け取らせていただきます。

大橋:
経産省の政策で、例えばエネルギー政策という大きな政策群があります。この政策は、審議会で委員やステークホルダーの意見を集約することで形成されています。

この方式には潜在的に欠点があって、その1つは過去の経緯に縛られやすくなること、もう1つは海外の知見がなかなか入ってこないことです。海外のエネルギー政策の事例を研究している機関は多くあるのですが、客観的な事実しか発信されず、その海外のエビデンスをどう料理して日本の文脈、制度に落とし込むかという応用ができていないのです。そのための人材も育っていないように思います。日本の制度と海外の制度の双方に通じている人がいないとエビデンスを解釈できない。本質が何かをとらえて、海外の事例を日本に適用・移管できる人材が必要です。

川口:
エビデンスをうまく集めて、コンテクストに落としていくのは大事だと思います。実際に政策形成の現場はサイクルが短いので、課題が出てきてからデータを集めて分析しようとしても間に合わないことが多い。ですので、既存の学術研究などをうまくつなげて、エビデンスを日本の政策論議の文脈に落とすことが重要になります。

中央省庁や地方自治体の方々と仕事を進める中でEBPMを行う資質を持つ方がかなりいると感じています。われわれの大学院の卒業生や、海外の大学に留学して公共政策の修士号を持っている方も各省にかなりの数いらっしゃいますので、そうした人材を各省庁でエビデンスが必要な政策にうまく配置して、省内の人的資源を活用していくことも大切だと思います。そうなれば、大学院で専門知識を学ぼうというモチベーションにもなり、人材育成の好循環ができると思います。

大橋:
そういう人がしっかり昇進してロールモデルにならないと、下の人たちがついてこないですよね。

渡辺:
今のお話は、EBPMが政府に根づき重要な政策に広がっていくことと裏腹というか、人がそれを引っ張っていく面もあるし、政策が広がるとさらに人が集まってくる、鶏と卵みたいなところがありますので、一度成功モデルができると好循環になるのではないでしょうか。

大橋:
EBPMは、政府だけではなくて立法にも広げていく必要があるでしょう。

川口:
政策決定にはいろいろな利害関係者がいるので、その人たちがそれなりに納得できる落としどころというのが、ある程度決まってしまっていることはあると思います。

ただ、その利害関係者のバランスが急に崩れて、極端な結論が出てくるようなことを防ぐ必要があって、政策を安定的に継続していく部分も必要だと思います。政策は常に見直すべきで、漫然と続けるのは良くないとは思いますが、効果が上がっている政策を急に変えてしまうようなことも政治主導では起こる可能性があります。ある程度行政の継続性みたいなものを保つ意味でも、EBPMは大切なのかなという気がします。そういったプロセスに立法府の方が入ってきて、同じ土俵で一緒に議論できるようになるといいですね。

渡辺:
ありがとうございます。それでは、最後に両先生から一言ずついただけますでしょうか。

川口:
EBPMで政策を事後的に評価することも大切ですが、まずはやってきた政策からエビデンスを作り出すEvidence-Based Policy (EBP)という考え方も大切だと思います。小さく始めてみて、成功したモデルを大きくする仕組みも重要です。また、やること自体に価値がある政策もあると思うので、やったことを無駄にしない視点が大切なのかなと思います。

大橋:
EBPMセンターを新設されたので、これまでのEBPMの取り組みを進化させることはもちろん、新しい挑戦をしてぜひ成果に結び付けてほしいと思います。世の中の多くの事象は常に動いていますし、その動く方向は不確実です。あたかも生き物のようですよね。そうした生き物に対する政策も適切な対応をしようとすれば当然、ダイナミック(動的)でアジャイルなものにならざるを得ない。従来のスタティック(静的)で解剖学的なEBPMが古く見えるぐらい新しいやり方が求められていると思います。EBPMセンターは、アジャイルでダイナミックな政策立案を先導する機関として、経産省の政策だけにアドバイスするのではなく、社会課題全体にまで広げていけるような取り組みの幅を期待しています。

EBPMは、政策立案の知見を蓄積して人材を育てていくための手法、中央を含めて政策立案をやりたいと思う若者のニーズに応える場を提供するための手法、それによって役所の職場としての魅力をさらに高めるための手法であることが、根本思想として重要だと思っています。そうした取り組みがEBPMセンターでさらに進化することを期待しています。

渡辺:
大橋先生、川口先生、本日は大変重要なご意見をいただきありがとうございました。

2022年6月24日掲載

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