やさしい経済学―市場を創る技術革新

第7回 政策介入の効果

大橋 弘
ファカルティフェロー

太陽光発電や薄型テレビといった本邦初の新製品は、市場を新しく創りだした技術革新である。こうした技術革新は、本質的に波及効果(スピルオーバー)を持つ。本連載では、学習効果を通じた周辺産業の育成(太陽光発電)や地デジという補完的なインフラの存在(薄型テレビ)をとりあげた。このような波及効果を持つ技術革新は、民間主体にその供給を任せておいては社会的にみて過少供給となってしまうという、いわゆる市場の失敗が懸念される。市場を創る技術革新が、社会的にみて最適に供給されるためには、波及効果が持つ「負」の側面の分だけ過少となりがちな民間による供給に対して、政策的な後押しが正当化される。ひとつの政策的なあり方は、技術革新に対する公的助成であろう。

公的助成は中央政府や地方自治体など様々なレベルで行われており、その形態も税控除や補助金のみならず、借り入れ保証などの財政支援を含む。本連載のはじめに紹介した「第2回全国イノベーション調査」において、イノベーション活動を行ったと回答した企業のうち、約20%が何らかの公的助成を受けたと回答している。このうち、従業員数50人以上の企業に限ってみると、公的助成は市場創出型の技術革新の供給を20%ほど押し上げる効果があることが分かった。つまり、市場を創る技術革新の過少供給が、政策の後押しによって多少なりとも解消されている実態が明らかにされた。しかもこの公的助成は民間が主体となって行う研究開発(R&D)投資を減退(クラウディングアウト)させていないことからも、公的助成を通じたイノベーション政策は、一定の効果を上げているとの評価ができるだろう。もっともわが国においては、R&D投資総額に占める公的投資額の割合が15.6%(2008年時点)と、他の経済協力開発機構(OECD)諸国と比べ10%以上も低い値となっている。緊縮財政が求められる中ではあるものの、新たな需要を創出するような技術革新を促すためには、思い切った公的助成を行って民間のイノベーション活動を支えていく姿勢が何よりも重要である。

ここまで一定規模以上の企業について、政策が市場を創る技術革新を生み出す効果があることを指摘した。不思議なことに、同様の分析を中小企業について行うと、全く異なる結果が得られる。最終回では、中小企業における問題点と取るべき政策の方向性について議論をしたい。

2010年8月6日 日本経済新聞「やさしい経済学―市場を創る技術革新」に掲載

2010年9月6日掲載

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