やさしい経済学―市場を創る技術革新

第3回 波及効果を探る

大橋 弘
ファカルティフェロー

新たに市場を創りだすとは、不確実性に満ちたリスクを伴う経済活動である。米アップルのiPad(アイパッド)などの成功の陰には、人知れず数多くの失敗事例が横たわる。イノベーションによる需要創出が世界的にも関心をもたれるなか、市場を創りだすような新製品やサービスがもつ特徴についての理解は深まっていない。今回は、前回に続いて「全国イノベーション調査」に依拠して市場を創る技術革新の姿に迫りたい。

調査では、技術革新について3つの特徴が浮き彫りになった。まず市場を創りだすような新製品・サービスは、産学連携や特許情報などの場から生み出される傾向があるという点だ。一橋大学の中馬宏之教授が分析したネットブックの基幹技術が典型例だろう。ネットブックの普及には、過去40年間の中核技術を根底から置き換えるマイクロプロセッサーの関連技術を量産化する必要があった。その量産にいち早く成功したインテルは、大学や研究機関との間の機動的な連携を通じて先端的なネットワークを形成してきた。

調査から第二に分かったのは、こうして誕生した市場創出型の新製品やサービスは、特許などの法的手段によって保護されることがまれな点だ。このため革新的な技術提供のあり方もライセンスを通じたものではなく、産学連携などのコンソーシアムやオープンソースなどの形で提供される傾向が強い。この点についてはいくつかの解釈がありうるが、新たに市場を創りだすような革新的な技術は、特許で保護されるより標準化に向けて積極的に共有される傾向があると解釈できそうだ。

最後に、こうした標準化などに向けて共有された市場創出型の革新的技術からは、技術提供を通じて、より高い付加価値を生み出すような新製品やサービスが続いて誕生する傾向がある点もデータから明らかにされた。

以上の3つの特徴をひとことでまとめれば、市場を創りだす技術革新は本質的に波及効果(スピルオーバー)を内在しているということではないか。この波及経路に伴って生まれた恩恵が、標準化などの知識の共有とあいまって、高い付加価値を生み出す新製品やサービスの誕生に結びついている。この波及効果が具体的にどんな形で表れているかを知ることは、市場創出型の技術革新に対する政策的な含意を考える上でも重要だ。次回以降では、市場を創る技術革新がもつ波及効果について、太陽光発電と薄型テレビという2つの具体的な事例に基づいて議論を深めたい。

2010年8月2日 日本経済新聞「やさしい経済学―市場を創る技術革新」に掲載

2010年9月6日掲載

この著者の記事