やさしい経済学―市場を創る技術革新

第1回 「発明」に偏る日本

大橋 弘
ファカルティフェロー

6月に政府が発表した「新成長戦略」では新たな需要と雇用の創造を目指すため、さらなるイノベーションの重要性が指摘された。新たな需要を創造する技術革新とは何だろうか。本連載では「市場を創る」技術革新の特徴と政策的な含意に関し、最近の研究・調査結果を織り交ぜながら考えたい。

識者によって用いる専門用語が若干異なるが、イノベーション活動には、おおまかに発明と技術革新の2つが含まれる。発明とは、新しい知見を生み出す作業である。一昨年ノーベル化学賞を受賞した下村脩氏による緑色蛍光たんぱく質の発見が好例だろう。優れた発明は、様々な意味で人類を啓発してくれるが、他方で真にそうした発明が社会的・経済的な価値を発揮するためには、国民生活の中に広く深く浸透していくことが肝要である。

技術革新とは、発明に市場という出口を与え、新製品や新サービスを生み出すことで、新たな市場を創りだすことを指す。我々の生活や行動様式を大きく変えた技術革新の事例には枚挙にいとまがない。例えば、JR東日本の電子マネー、「Suica(スイカ)」の登場で、通勤・通学の際の改札通過が容易になり小銭を持つ煩わしさが減った。医療においても、例えば個別患者の遺伝子の違いに応じて治療法を異にするといったオーダーメード医療の技術が広がってくれば、私たちは健康な時間をさらに長いあいだ充実して過ごせるようになるだろう。

このように技術革新は重要なテーマでありながら、これまでわが国におけるイノベーション研究は、発明のプロセスに焦点が偏ってきたように思われる。市場という出口には必ずしもつながらないが、技術的に高度な製品開発に関心が向きがちであるという、わが国特有の事情(いわゆる技術のガラパゴス化)と関連するところがあるのかもしれない。米アップル社によるiPhone(アイフオーン)やiPad(アイパッド)の華々しい登場は、これまでのイノベーション研究に対してもある種の危機意識を生み出している。

わが国に今求められているのは、発明によって得られた知見を、製品・サービスの形にどう落とし込んで具現化し、眠っている国内外の消費者需要を掘り起こせるかにある。

2010年7月29日 日本経済新聞「やさしい経済学―市場を創る技術革新」に掲載

2010年9月6日掲載

この著者の記事