近年の産業政策は産業競争力の向上のほか、経済安全保障を狙いとした性格を持つようになっています。
米国で産業政策が台頭した背景には、輸出入を通じて技術や知的財産が他国に流出する懸念のほか、生産や供給を特定国に大きく依存する財が、経済的威圧の手段として利用される懸念があります。日本も2021年には経済安全保障担当相を置くなど、組織体制の整備を急いでいます。
現在、各国が経済安全保障上の重点分野と位置付けている代表例が半導体です。自動車、家電などのあらゆる産業分野で使われ、「産業のコメ」ともいわれます。イノベーションの基盤として国の競争力を左右するほか、軍事用途にも使われる「デュアルユース」技術でもあります。
1980年代まで日本は、世界で大きなシェアを持っていました。米国との貿易摩擦、韓国・台湾勢の台頭、設計・製造分業モデルへの転換の遅れなどにより、その後競争力を失いました。現在は再興に向け、台湾積体電路製造(TSMC)熊本工場や次世代半導体の国産化を目指すラピダスに対して多額の公的支援が継続されています。
近年は巨額の補助金による国内生産の強化に注目が集まります。しかし、米エール大学のピネロピ・ゴールドバーグ教授らの研究チームは、半導体政策を単なる国内産業保護と捉えるだけでは不十分だと指摘します。
確かに半導体産業では、政府が歴史的に重要な役割を果たしてきており、生産時の「経験による学習効果」が意識されてきました。しかし彼らの推計結果は、学習による生産性上昇効果がさほど大きくない一方、国境を越えた技術移転などの波及効果が大きい可能性を示唆しています。
国境を超える技術波及の大きさは、半導体の経済安全保障を国内生産の拡大だけで実現することの限界を示しています。半導体産業は各国にまたがる高度な分業体制が成立しており、最先端の技術開発にも高い不確実性が伴います。
海外技術の適切な活用と吸収、国内企業への技術普及などを促す産業政策の設計が求められます。
2026年8月13日 日本経済新聞「やさしい経済学―産業政策の新潮流」に掲載