やさしい経済学―産業政策の新潮流

第6回 輸出産業育てる途上国

安橋 正人
コンサルティングフェロー

産業基盤の形成という重要な開発課題を抱える発展途上国でも、どのような産業政策が必要かは以前から議論されてきました。

国際貿易の理論に、19世紀英国の経済学者デビッド・リカードが提唱した「比較優位の原理」があります。ある国がA財の生産に比較優位があるとは、A財を生産するために諦めないといけないB財の生産量が他国よりも小さい状況のことです。この国がA財の生産に特化して貿易を行えば、貿易を行わない場合よりも消費可能性を広げることができます。

この原理に単純に従えば、発展途上国は、現時点で比較優位を持つ農業や労働集約的製造業に特化することが合理的だという議論になります。

しかしそれだけでは、自動車など高付加価値産業への転換は難しいでしょう。そこで、産業政策によって新しい比較優位の創造が求められることになります。

このような考え方の古典的議論が「幼稚産業保護論」です。国内産業は生産経験に乏しくコストが高いので国際競争力を獲得するまで、政府が一時的に関税や補助金などで保護すべきだという考え方です。

この理論を支持するような研究もあります。カナダのブリティッシュコロンビア大学のレカ・ユハス准教授は、ナポレオン戦争期の大陸封鎖により英国との貿易が制約されたフランスでは、英国との貿易から一時的に保護された地域ほど、機械制綿紡績業の発展が促されたことを示しました。

とはいえ、現代の産業政策として、幼稚産業保護を安易に主張するのは控えるべきでしょう。東南アジアの国々でも、戦後しばらくは輸入を制限し、国内生産を促す「輸入代替工業化」が試みられましたが、国内市場の狭さや競争圧力の不足から限界がありました。

その後、外国資本を活用して輸出産業を育成する輸出志向型工業化に政策の重点を移す国が増えました。

発展途上国の産業政策は、国内産業保護という単純な施策ではなく、どのような構造転換を図るか、どのように国際市場から学習し、技術能力を獲得するかなどの総合的観点から検討する必要があります。

2026年8月7日 日本経済新聞「やさしい経済学―産業政策の新潮流」に掲載

2026年9月10日掲載

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