やさしい経済学―産業政策の新潮流

第2回 「市場の失敗」と「政府の失敗」

安橋 正人
コンサルティングフェロー

産業政策とはどのような政策でしょうか。財政政策や金融政策などに比べて定義が明確でないことも、学術界の一部が産業政策を否定的にみなす一因となってきました。

ここでは「政府が特定の産業・企業・技術などを対象として、資源配分に影響を与えようとする政策」と定義しましょう。なぜ政府が資源配分に介入しなければならないのでしょうか。標準的なミクロ経済学では、自由で競争的な市場が機能していれば、効率的な資源配分が達成されているはずです。

しかし、現実の経済ではこの前提が満たされないことがあります。つまり「市場の失敗」が発生します。このときには政府が資源配分に介入することにより、経済の厚生水準を高められる可能性があります。

例えば、多くの人が同時に利用でき、対価を支払わない人を排除できない公共財は、市場による供給が過小で、政府による供給が必要になる場合があります。国防がその典型例です。

市場を通さずに第三者に影響を与える外部性も、市場の失敗を引き起こします。研究開発投資で得られた技術や知識は外部に波及するため、民間による投資水準は社会的に最適な水準よりも過小となる傾向があります。このとき政府は補助金や減税などを実施することで、民間の研究開発投資を引き上げられます。

人々や企業が相互に補完的な投資を必要としているのに、全体として望ましい投資が実現しない「協調の失敗」も、市場の失敗の原因です。政府が関係者の投資のタイミングをそろえるなどして調整のコストを引き下げることがあります。

以上のような場合、産業政策が正当化される余地が生じます。

一方で、産業政策の活用には批判もあります。政府が民間よりも必要かつ適切な情報を持っているとは限りません。誤った支援を行えば、かえって資源配分の効率性を阻害します。「勝者」を選んでいるつもりが、「敗者」の救済になることもあります。このような「政府の失敗」によって、産業政策がむしろ資源配分の非効率性を助長することには注意が必要です。

2026年8月3日 日本経済新聞「やさしい経済学―産業政策の新潮流」に掲載

2026年9月10日掲載

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