やさしい経済学―家族の変化と社会保障

第7回 公的介護維持への条件は

若林 緑
リサーチアソシエイト

前回見たように、家族による介護は主に女性によって担われています。ここではどのような動機が働いているかを考えます。

家族による介護や世話は多くの場合、明示的な金銭のやり取りは発生しません。一見すると無償のようですが、機会費用という形で費用が発生していると考えるべきでしょう。そして機会費用への見返りや代償と位置づけられるのが遺産や生前贈与の授受です。

例えば交換動機モデルでは、親は老後の面倒を見てもらった見返りに、遺産や生前贈与、住宅資産を提供すると考えます。そこから一歩進んだ戦略的動機モデルでは、親は複数いる子どものうち介護をした子どもだけに遺産を渡すというように、遺産額に差をつけると考えました。さらに、暗黙の年金保険モデルでは、介護の期間が長く続くかもしれないリスクに対して、子どもから身の回りの世話や介護サービスを購入しているとみなします。

日本人の世代間の移転について長年研究を行っている神戸大学のチャールズ・ユウジ・ホリオカ氏によると、「子どもが老後の世話・介護をしてくれた場合にのみ遺産を残すつもりである」と答える日本人の割合は米国人よりも高く、戦略的動機モデルが当てはまるとのことです。

もちろん家族介護には、子どもの利他心や愛情の発露が期待できます。しかし、老いた親の介護や身の回りの世話には費用がかかります。これは介護における人手不足を解消し質を上げるには、職員やスタッフの報酬や賃金を上げる必要があることを意味します。

公的な介護サービス提供を持続可能なものにするためには、給付と負担の見直しが必要です。要介護度が重い場合、医療や福祉の専門家といった介護サービスの提供者と、介護を受ける本人や家族との間には情報量に大きな差が生じます。医療と同じように専門家による介入は不可欠でしょう。一方、低い要介護度や要支援では情報の非対称性の度合いは小さくなります。公的介護保険からの切り離しや現金給付、バウチャー配布など、本人や家族の自助や共助に委ねることも可能かもしれません。

2020年1月28日 日本経済新聞「やさしい経済学―家族の変化と社会保障」に掲載

2020年2月10日掲載

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