やさしい経済学―雇用を考える 若者と高齢者

第5回 卒業時の景気、長く影響

川口 大司
ファカルティフェロー

バブル経済がはじけた後の1990年代後半に就職した世代は、「氷河期世代」と呼ばれて労働条件のいい企業に入れる人が少なかった世代として知られています。

最初の就職先が思うようなところでなかったとしても、機会をつかんで良い職場へ転職できれば、最初の不利は取り返せるはずです。ところが、学校を卒業する時の景気の状態が、その後の人生に大きな影響を与え続けるということが明らかになってきました。

卒業時に景気が悪いと、その後、景気が回復したとしても、低賃金の仕事にとどまる確率が高くなります。しかも、最初に非正社員として就職してしまうと10年後も非正社員でいることを余儀なくされる確率が高いことなども、多くの日本の研究者の手によって明らかにされてきました。

卒業から数年たっても、卒業時の労働市場の状態の影響が残ることを「世代効果」といいます。慶応義塾大学の太田聰一教授、東京大学の玄田有史教授、横浜国立大学の近藤絢子准教授による日米の比較研究は、日本での世代効果が米国よりも大きいことを明らかにしています。

この研究では、日本は米国に比べ、技能蓄積機会に恵まれた職場へ入社するチャンスが新卒時に集中することを示唆しています。新卒一括採用で社員を長期的な視野で育てる日本型の仕組みは利点もありますが、一度、チャンスを失うと挽回が難しいという欠点もあるのです。

2008年の金融危機後、各国の景気が冷え込み、若年失業率が多くの国で上昇しました。そんな中、若年失業率の上昇は長期にわたって影響を与えるのかに関心が集まりました。その結果、卒業時の景気が悪いことが、長期的に悪影響を与える世代効果の存在が、多くの国の実証研究から明らかになりました。

学卒時の影響が長期的に尾を引くという一般性の裏には、若年期によい仕事に就けないと技能蓄積の機会を失うというメカニズムがあるのではないかと指摘されています。しかし、メカニズムの解明はまだこれからです。

2013年10月23日 日本経済新聞「やさしい経済学―雇用を考える 若者と高齢者」に掲載

2013年11月11日掲載

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