やさしい経済学―大学進学率と賃金格差

第6回 経験年数どう影響

川口 大司
ファカルティフェロー

今回は学校教育以外の技能蓄積について考えよう。労働者の技能は、仕事で経験を積んだり職場での職業訓練に参加したりしても上昇する。人的資本仮説はこうした就職後の技能蓄積も分析対象としている。その重要性を端的に示すのが年齢とともに伸びる賃金水準だ。図は日米の大卒と高卒の男性労働者の時間当たり賃金に関し、学校を卒業してからの年数別に見たものだ。両国ともに2005年から08年のデータでは短時間労働者を除いて計算してある。日本は消費者物価指数を用いて2005年の貨幣価値に変換した(出所は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、米労働統計局・国勢調査局 "Current Population Survey")。

図:卒業後の一時間当たり賃金
図:卒業後の一時間当たり賃金
2005年から2008年のデータを用いて計算。日本については賃金構造基本統計調査、アメリカについてはCurrent Population Surveyを用いた計算。日米共に消費者物価指数を用いて2005年の貨幣価値に変換済み。日本の単位は100円、アメリカの単位はドル。

日米の数字は異なる種類の統計調査から作られている上、為替の換算をどうするかといった問題があり、日米の水準自体を比較するのは適切ではない。だが賃金の上がり方は比較できよう。日本の場合、大卒・高卒とも賃金は卒業からの年数がたつにつれ上がっていくが、大卒労働者は卒業から38年目、高卒労働者は42年目に平均賃金が大きく下がる。これは多くが60歳の定年退職を経験するためだと考えられる。定年退職直前の大卒労働者の平均賃金は新卒大卒労働者の平均賃金の約3倍である。同様に定年退職直前の高卒の平均賃金は新卒高卒労働者のそれの約2.4倍である。

米国では年齢差別禁止法の関係で定年退職の制度がないので、60歳前後での急激な賃金低下は見られないが、59歳の大卒労働者の賃金は23歳の大卒労働者の約1.9倍で、59歳の高卒労働者は19歳の1.8倍の賃金を得ている。

労働者のやる気を引き出すため、若いうちには生産性より低く賃金を支払い、中高年になって生産性以上に賃金を払うという暗黙の合意が企業と労働者の間で成立している可能性も高い。このため賃金の伸びがそのまま労働者の生産性の伸びを表しているわけではない。しかし学卒後の平均賃金の伸びに関する日米の差は明確だ。さらに日本では1つの会社への勤続年数の平均が米国よりも長いことが知られる。この2つの特徴から、日本では特定の会社で生かせる企業特殊的な技能の蓄積がより重要な役割を果たしてきたと数多くの労働経済学者が指摘してきた。統計を見る限り、この指摘は今日も当てはまるようだ。

2010年9月21日 日本経済新聞「やさしい経済学―大学進学率と賃金格差」に掲載

2010年10月15日掲載