やさしい経済学―大学進学率と賃金格差

第4回 大卒者の供給増加

川口 大司
ファカルティフェロー

米国では、1950年以降に生まれたベビーブーマーの大学卒業率の伸び悩みで、大卒労働者が希少になり、大卒と高卒の賃金格差が開いた。ではわが国はどうか。大学進学率の長期的な推移を文部科学省の学校基本調査の結果から作成したグラフで見てみよう(図)。

図:日本の大学の進学率
図:日本の大学の進学率

4年制大学への進学率は必ずしも戦後一貫して上昇したわけではない。戦後の大学進学率は18歳人口と大学入学定員の相対関係で決まってきた。例えば46年生まれは約170万人だが、47~49年に生まれた団塊世代は毎年270万人にのぼる。このため46年生まれが18歳になる64年、男性の大学進学率は25%に急上昇したが、翌年は20%に落ちた。その後大学定員の拡大で75年には41%に達した。

だが60年前後から74年にかけて生まれた人口増加世代が大学入学を迎えた上、大学定員の増員が認められにくくなり、男性の大学進学率は低下し90年には33.4%に落ち込んだ。その後91年の大学設置基準の大綱化による大学定員増加と18歳人口減少で再び上昇。男性大学進学率は2009年には55.9%になった。

前に日本の大卒と高卒との賃金格差が90年代に安定的に推移したと指摘した。実はこの時期は大学進学率が20%前後から40%前後まで急上昇した50年代生まれの人々が30~50歳の働き盛りになった時期に重なる。この大卒労働者の高卒に対する相対供給の増加で90年代の安定的な大卒・高卒賃金格差は説明できると見られる。実際、02年までのデータを用い、一橋大学大学院の森悠子氏と筆者が経済産業研究所で行った研究は、この予想がほぼ正しいことを実証的に示している。2000年代以降の日本の大卒・高卒間の賃金格差は徐々に拡大、中でも30歳代後半から40歳代で顕著であるが、これは男性大学進学率が75年から90年にかけ伸び悩んだことも関係しているだろう。

90年代に日本で大卒・高卒間の賃金格差が拡大しなかったのは、新しい情報技術の活用が遅れて技能偏向的な技術進歩が米国に比べ起こりにくかった点や、長期のデフレ経済環境の下で需給を反映した賃金調整が生まれにくかった点など、労働供給要因以外の影響があった面は否定できない。だが長期的な賃金格差の動向を論じる上で大学進学率の長期的な動向を無視することはできないのである。

2010年9月17日 日本経済新聞「やさしい経済学―大学進学率と賃金格差」に掲載

2010年10月15日掲載