やさしい経済学―大学進学率と賃金格差

第2回 90年代なぜ安定

川口 大司
ファカルティフェロー

日本の賃金格差について、直近までデータを延ばして検証しよう。労働政策研究・研修機構のウェブシステムで1981年から2008年までの賃金構造基本統計調査の集計データが入手できるので、これを用い賃金格差の動向を調べた。ここでは賃金格差の重要な指標である学歴間賃金格差の動向を見たい。分析対象は男性で短時間労働者を除いた一般労働者に限定し、大卒労働者の賃金が高卒労働者の賃金の何倍に相当するかを計算した(図)。

図:大卒・高卒賃金比率
図:大卒・高卒賃金比率

時間当たり賃金は、残業代込みの6月給与額に前年の賞与額など特別給与額の12分の1を足したものを、残業時間込みの6月労働時間で割って計算した。この時系列グラフを見ると、80年代に大卒・高卒間賃金格差は拡大し、90年代にはおおよそ35%前後で安定的に推移。2000年代に入り再び急拡大し45%前後となっている。前回紹介した神林、横山両氏と筆者の3者による共同研究は89年から03年を分析対象にしており、その期間の賃金分布がおおむね安定的に推移したと結論したのは正しかったと思われる。その後、大卒・高卒賃金格差は拡大する局面に入ったようである。

90年代の日本では賃金格差は、学歴間賃金格差を含めて安定的に推移してきたが、ほかの先進国はどうだったのだろうか。米国のマサチューセッツ工科大学のオーター教授、ハーバード大学のカッツ教授、メリーランド大学のカーニー教授は、米国では80年代から大卒高卒間格差が拡大し、その拡大傾向は90年代、2000年代も継続しているとしている。例えば、大卒の高卒に対する賃金水準は80年にはおよそ1.4倍だったが05年には1.65倍にまで拡大した。若干古い研究で対象は90年代半ばまでに限られているが、米カリフォルニア大学のカード教授、ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)のレミュー教授らの研究は、英国やカナダの大卒高卒間の賃金格差も80年ころから拡大傾向にあったことを報告している。英国において80年時点では1.15倍前後だった高卒に対する大卒の賃金は95年には1.3倍に拡大。カナダでは80年の約1.1倍から95年には約1.2倍に拡大した。

大卒・高卒間の賃金格差に注目すると90年代の日本の時系列動向は米・英・カナダといった諸国とは違った動きをしてきたようである。なぜこのような差が発生したのだろうか。

2010年9月15日 日本経済新聞「やさしい経済学―大学進学率と賃金格差」に掲載

2010年10月15日掲載