やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第8回 非協調から協調へ

石川 城太
ファカルティフェロー

ゲーム理論を用いた戦略的通商政策論はブランダーとスペンサーの共同研究を契機としているが、それは様々は危惧や批判をまき起こした。特に大きな批判はその戦略的貿易政策があまりにも重商主義的で外国を窮乏化させるというものである。

すなわち、各国政府は自国の貿易からの利益を高めようと、一方的に政策(特に輸入を制限して輸出を促すような政策)をとる誘因をもつ。一般に、もし自国政府のみが一方的にこうした政策をとれば、自国の経済厚生(経済的な豊かさ)は改善するが、外国のそれは悪化してしまう。もし双方が非協調的にそうした政策をとれば、両国とも厚生が低下する状況(ゲーム理論の囚人のジレンマ)に陥りかねない。

もちろん、彼らを含め戦略的通商政策の研究者たちは、こうした政策を勧めているわけではない。彼らは機会費用や政府の情報処理能力、ロビー活動によるゆがみなどの観点から戦略的通商政策の結論をうのみにすることに再三注意を促している。ところが、政策当局がこの政策を自分たちに都合の良いように解釈して用いる事態が起きた。その結果生じた悪影響の責任はブランダーやスペンサーらにあるわけではない。

基本的には、各国政府が協調的に通商政策を調整することで全体としてよりよい状態に移ることができる。「非協調」から「協調」への転換が重要である。そして、そうした通商政策の協調の場として現時点で機能しうるのは、やはり世界貿易機関(WTO)しかない。たとえば、自由貿易協定(FTA)が拡大し続けても、WTOにおいて原産地規則などのルールを調和させない限り、グローバルな貿易自由化は進みにくい。また、域外関税の違いから生じるFTAの悪影響はその締結前の関税率が低いほど弱まるので、やはりWTOを通じた多角的な交渉も重要である。

また、政府同士の協調だけでなく、政府内での協調も重要である。日本の貿易交渉には複数の官庁がかかわることが多いが、各省の利害関係が複雑に絡み合っているうえ、誰も交渉の全権を与えられていないため、明確な交渉戦略を打ち出せない状況にある。これは、米通商代表部(USTR)に貿易交渉の権限を集中させている米国と対照的である。政府内の協調がなければ、政府間の協調は至難の業となってしまう。

2005年7月21日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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