米輸入制限の弊害 報復の連鎖、世界大混乱に

石川 城太 ファカルティフェロー

米国の輸入制限が加速している。トランプ政権は3月23日、鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課した。また同日、中国の知的財産権侵害や技術移転強要に対し、中国産品約1300品目に25%の関税を課す方針を示した。

鉄鋼とアルミの輸入制限は通商拡大法232条が根拠となっている。輸入増で鉄鋼やアルミ産業が衰退すると、米国の安全保障を脅かすので輸入を制限するというものだ。

当初はすべての国からの輸入が対象と発表されたが、結局カナダ、メキシコ、韓国、欧州連合(EU)、ブラジル、オーストラリア、アルゼンチンは輸入制限の適用を一時猶予された。これらの国・地域からの米国の輸入量シェアは鉄鋼が6割以上、アルミが約5割であり、安全保障のための輸入制限という理由との整合性が問われる(図1参照)。

図1:米国の鉄鋼輸入量の国・地域別シェア(2017年)
図1:米国の鉄鋼輸入量の国・地域別シェア(2017年)
(出所)Global Trade Atlas、USITC Data Web

カナダ、メキシコ、韓国は自由貿易協定(FTA)再交渉中という理由で、EUはFTAの交渉再開という理由で猶予となったと推測される。米国が交渉で有利な条件を引き出すためのカードとして使えるからだ。実際韓国はその後、鉄鋼の米国向け輸出に数量枠を設定するとともに、米国製自動車の輸入や韓国製ピックアップトラックの輸出などで譲歩することで、関税対象国から除外された。

またトランプ大統領は当初から2国間の貿易赤字を問題視している。ブラジル、豪州、アルゼンチンは米国が貿易黒字を計上しているので、輸入制限を免れたと指摘される。

そもそも国全体としての貿易収支や経常収支の黒字・赤字を議論することは意味があっても、2国問に関して議論することは、経済学的にはナンセンスだ。トランプ大統領は「黒字は善、赤字は悪」といった誤った世論を喚起して交渉を有利に進めようとしているようだ。

中国の知財侵害や技術移転強要に対する輸入制限は通商法301条に基づいている。不公正貿易があると判断すれば、大統領権限で一方的に関税引き上げなどの制裁を科せる。これを契機に中国を2国間交渉に引きずり込み、対中貿易赤字の削減と米国製自動車・半導体の対中輸出の拡大をもくろんでいるようだ。

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輸入関税は経済に悪影響を及ぼすといわれる。以下では、輸入関税にどのような効果があるのか考えてみたい。

関税が課されると、財の輸入量が減り国内価格が上昇するため、国内生産量は増え国内消費量は減る。その結果、国内生産者は利益を得るが、国内消費者は損失を被る。一方、政府は関税収入を得る。

最終的に関税を課した国の経済厚生への影響、すなわち関税による国全体の損得は、経済規模が小さな国(小国)と大きな国(大国)では異なる。小国の場合、消費者の損失が生産者と政府の利益を上回るため、国全体としては必ず損失を被る。大国の場合、関税があまり大きくなければ国全体として得する。

この違いは、関税が輸入財の国際価格に影響を及ぼすかどうかによる。小国の場合、関税で輸入量が減っても、減少分は世界全体の需要量からすると微々たるものなので、国際価格に影響を与えない。大国の場合、関税による輸入減少が世界全体の需要量もかなり引き下げるので、輸入財の国際価格を低下させる。これは輸入国にとって交易条件の改善を意味し、利益となる。従って大国の場合、その利益を最大にする正の関税が存在し、最適関税と呼ぶ。小国にとっての最適関税はゼロだ。

では米国の場合、鉄鋼の最適関税はどの程度だろうか。米カリフォルニア大デービス校のロバート・フィーンストラ教授とアラン・テイラー教授によると、鉄鋼にも様々な製品があり最適関税の大きさはかなり異なる(表2参照)。25%の関税賦課は一部の製品では米国の経済厚生を上げる方向に働くが、全体としての効果は明らかではない。

表2:米国の鉄鋼製品の最適関税
合金鋼圧延製品 370%
鉄鋼レール 125%
棒鋼・形鋼 125%
鉄廃棄物・スクラップ 6%
鋼管・継ぎ手 1%
非合金鋼圧延製品 0%
(出所)Robert C. Feenstra、Alan M. Taylor「International Economics」

また米国の交易条件の改善は、輸出国の交易条件の悪化を意味し、輸出国の経済厚生を悪化させる。輸出国が報復措置をとり貿易戦争になれば、結局両国とも損失を被る。

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中国は鉄鋼とアルミの輸入制限への対抗措置として、4月2日に128品目に最大25%の関税を上乗せした。また知財侵害や技術移転強要を理由とした輸入制限が発動されれば強力な対抗策を講じる構えだ。厳密には世界貿易機関(WTO)の紛争解決手続きを経ずに対抗措置をとると、その国自身がWTO協定違反に問われる可能性がある。

中国は今回の米国の輸入制限措置をセーフガードと解釈している。セーフガードは不測の輸入急増で産業が重大な損害を受けたときに、WTOが認めている緊急輸入制限措置だ。セーフガードの場合、紛争解決手続きを経ずに対抗措置を発動できるが、今回の米国の輸入制限措置をセーフガードとみなすことは無理があるように思える。

ただ最近、WTOの紛争処理機能が低下してきていることに注意が必要だ。特に米国が、WTOの紛争処理で裁判官の役割を果たす上級委員会委員の欠員補充を阻止していることもあり、審査の遅れが著しい。今回WTOに訴えられたとしても、裁定が出るまでには相当時間がかかると予想され、トランプ政権中に決着しない可能性も十分ある。

過去にもブッシュ(子)大統領が、輸入急増で鉄鋼産業が重大な損害を受けているとの理由で、2002年3月に鉄鋼に最高30%の関税を課した。その際にはWTOの紛争処理が素早く機能した。WTOは03年11月に関税が協定違反との裁定を下して輸出国に対抗措置を認め、EUは米国からの輸入に22億ドル相当の報復関税を課すと警告した。これを受け米国は03年12月に関税を撤廃したが、この関税により米国内で20万人もの職が失われ、国内総生産(GDP)が減少したとの研究もある。

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米国の輸入制限措置は日本にどんな影響を及ぼすのだろうか。16年の日本の鉄鋼輸出額は年間約2.8兆円で、うち対米輸出が占める割合は約6.7%だ。日本企業しか製造していない製品もある。従って米国市場に限れば影響はそれほど大きくないかもしれない。しかし鉄鋼の国際価格が下がれば、日本の鉄鋼業も影響を受けるだろう。韓国との交渉で味をしめたトランプ大統領が、関税除外と引き換えに日本との2国間交渉で農産物・自動車市場の開放などで譲歩を迫る可能性も高い。

中国の知財侵害や技術移転強要に対する輸入制限については、実際に発動されると対象品目が多いのでグローバルなサプライチェーン(供給網)に影響が及ぶ可能性が高く、日本も悪影響を受けるだろう。中国が再び報復措置をとれば、貿易戦争に突入しかねない。影響は実物にとどまらず金融への影響の方が大きい可能性がある。既に円高や関連企業の株安が生じている。

今回を機に安全保障を理由とした輸入制限や一方的措置がまん延すれば、世界経済が大混乱に陥る可能性がある。世界大恐慌後の米国の大幅な関税引き上げに端を発する貿易戦争の二の舞いにならないようにせねばならない。それにはまず経済学の知見を正しく伝えていく努力が必要だ。

WTOの紛争処理機能の立て直しを図ることも急務だ。WTOへの提訴案件は増加傾向にあり、審査の遅れが深刻になればWTO体制が揺らぎかねない。そうした事態に陥らないよう日本政府はリーダーシップを発揮してほしい。

2018年4月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年4月25日掲載

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