やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第7回 FTAの拡大

石川 城太
ファカルティフェロー

自由貿易協定(FTA)は2国のみで合意すれば締結することができるので、1つの国が多くのFTAを同時に結ぶことができる。たとえばメキシコのFTA締結国は、日本との協定発効により43カ国になった。他方、日本にとって、メキシコとのFTAは、シンガポールに続く2番目のものである。メキシコとシンガポールはFTAを結んでいないので、現状は、日本をハブ(中心)、メキシコとシンガポールをスポークとする体制となっている。

FTAをネットワーク形成のゲームとみれば、理論的にはスポークに甘んじるよりもハブになった方がよい場合があり、スポーク同士でもFTAがどんどん締結されて、FTAネットワークが全世界的に形成されることになるという楽観論もある。

他方、個別のFTAは各締結国の特殊事情を反映しているから世界規模での自由貿易達成は無理であるという悲観論もある。たとえば、実際のFTAにおいては、貿易自由化から除外されている品目が多数みられるし、原産地規則はFTAによってかなり異なっている。このままでFTAが次々に結ばれると、例外や規則が入り乱れて結局行き詰まってしまう状況も予想される(バグワティが唱えた「スパゲティ・ボウル」現象)。

通常、新興工業国や発展途上国が、先進国と対等に2国間貿易交渉を進めるのは容易ではない。しかし、メキシコのFTA拡大戦略は、結果的に同国の交渉力を高めた。日本がメキシコと締結した背景には、北米自由貿易協定(NAFTA)に加え、メキシコと欧州連合(EU)のFTA発効により、欧米企業と比べて日系企業が関税や政府調達などの面で著しく不利な状況に置かれたことがある。

そうした状況で日本の製造業界は政府にFTAの締結を強く求めた。他方で、日本の農家は、豚肉などの安い農産物が日本に大量流入するのを恐れ強く反対した(結果的に前者が優勢となった)。しかし、豪州とのFTAは農業関係者の反対で交渉開始にも至っていない。先進国とのFTAは、すでに、工業製品の関税が低いため、製造業への恩恵があまり大きくない。したがって、農業関係者の声が反映されやすくなってしまう。

こうした通商政策のロビー活動は、ゲーム理論では複数のプリンシパル(委託者=ここでは利益団体)のためにエージェント(受託者=政府)が仕事(政策遂行)をする「コモン・エージェンシー問題」として最近研究が盛んだ。

2005年7月20日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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