やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第6回 FTAと関税同盟

石川 城太
ファカルティフェロー

最近、数多くの国や地域が競うように自由貿易協定(FTA)を締結し、自由貿易地域の結成に向け動いている。

日本は従来関税貿易一般協定(GATT)・世界貿易機関(WTO)の原則に従った多角的な自由貿易の推進という立場をとり、地域的な連携はアジア太平洋経済協力会議(APEC)のような穏やかな形のものにとどめてきた。しかし、1990年代後半から多角的貿易交渉に加え、FTAによって特定の国・地域との連携強化を目指す多層的な通商政策へと方針を転換した。2002年には日本として初めてFTA(厳密には経済連携協定)をシンガポールと結んだ。今年4月にはメキシコとのFTAが発効し、さらに最近、フィリピン、マレーシアの2カ国ともFTA締結で合意に至った。

FTAは関税同盟と並ぶ地域貿易協定の典型である。域内の貿易を原則自由化する点では同じだが、後者が域外国に対して域内国が共通の関税を設定するのに対して、前者は域内各国が勝手に域外関税を設定する点で大きな違いがある。FTAに比べると、関税同盟はあまり多くないが、たとえばEU(欧州連合)は単なる関税同盟よりも高いレベルの経済統合である。

FTAでは、域外関税の低いメンバー国を経由してモノが域内に流れ込むのを阻止する目的で原産地規則が設けられている。この規則は域内産品が何かを定義し、もしその原産地要件を満たさなければ、域内での自由貿易は認められない。FTAでは原産地規則をいちいち定める必要があるものの、当該国がすでにある国とFTAを結んでいたとしても、その国との調整なしに第三国と新たなFTAを結べるという利点がある。

関税同盟の場合は、他の国と関税同盟を結成しようとすれば、共通域外関税の縛りから、既存の関税同盟にその国を取り込む必要がある。最近、新しいFTAがどんどん締結されているのに対し、関税同盟があまり拡大していない最大の理由はそこにある。

しかし、関税同盟にはFTAにない利点がある。メンバーが協調して域外関税を含む通商政策をとることによって、ゲーム理論でいう「戦略的相互依存関係(駆け引き)」とそれに伴うムダを域内から排除できるうえ、域外国に対して結束してより戦略的に行動できるようになる。たとえば発展途上国のような小国同士が関税同盟を組めば、1つの大国のようになり、世界経済における発言力・交渉力が増すことになる。

2005年7月19日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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