やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第5回 先手の有利さ

石川 城太
ファカルティフェロー

伝統的な国際貿易理論は、貿易パターンの決定要因(いわゆる比較優位の決定要因)を国家間の技術・気候の違いや労働・資本・土地といった生産要素の賦存量の違いにあるとする。たとえば、熱帯の国ならばパイナップルなどの農作物を相対的に安く生産できるため、自由貿易が行われればそれらを輸出するし、労働力が豊富な国であれば、労働集約財の繊維製品などを輸出するようになる。

しかし、伝統的な国際貿易理論ではとらえきれない貿易パターンの決定要因も多い。その1つに「動学的規模の経済」が重要な役割を果たすものがあり、そこにはゲーム理論の「戦略的環境(他者との駆け引き)」が顕著に見られる。動学的規模の経済とは、生産経験を積めば積むほど生産費用が低下するというものである。半導体の生産はその典型例といわれる。

このような産業では、いかに早く生産を開始して、多くの経験を積むかがポイントとなる。他企業に先駆けていったん大量に生産すると、これがコストの低下を生み、さらに多くの生産を可能にして、さらなるコストの低下をもたらす、といった好循環が続くことになる。ゲームにおいては、先に動いた方が有利になるケースがあり、それを「ファースト・ムーバー・アドバンテージ」という。これはその典型といえる。したがって、ファースト・ムーバーとなるべく、新製品の研究開発を促すような政府の政策が、貿易パターン決定に大きな役割を果たしうるのである。

逆に、国内企業が外国企業より出遅れている場合、国内企業の潜在的な生産能力は高いとしても、何らかの保護政策をとらないと外国企業に太刀打ちするのはどんどん難しくなってしまう。動学的規模の経済は、前に述べた幼稚産業保護の議論が正当化されるための条件の1つである。

クルーグマンは、動学的規模の経済が存在するときには国内市場を閉鎖的にしておく政策が輸出を促す可能性を指摘した。すなわち、日本のように国内市場がある程度大きい場合、国内市場を開放しなければ、それは国内企業の生産量の増加、そしてコストの低下につながる。このコストの低下は、結果として、日本企業の輸出市場における競争力も向上させるという「戦略的効果」をもつ。前に米国が日本市場の閉鎖性を問題視したことを述べたが、それは米国製品が日本市場で売れないことのみならず、米国市場でも競争に負けてしまうという危惧からも生じている。

2005年7月18日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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