やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第4回 脅しの実効性

石川 城太
ファカルティフェロー

相手から何らかの譲歩を引き出す際のゲーム理論の戦略として、一方的に脅しをかけることがある。1980-90年代に米国がとった通商政策は、その典型例である。

米国は、不公正な規制や企業活動がある場合に貿易制限措置を認める通商法301条やそれをさらに強化したスーパー301条という法律を背景に、2国間交渉で制裁をちらつかせながら強硬に外国に市場開放を迫るようになった。不公正な貿易慣行や商取引で米国製品の輸入が阻害される場合には、不公正是正のために一方的措置も正当化されるというのがその言い分だ。

日本市場の閉鎖性も問題視された。たとえば米国は、日本市場における米国車や自動車部品のシェアが低いとして、日本には不公正な商慣行・取引があると断定した。95年の日米交渉で米国は、決裂した場合には13種類の高級車に100%の関税を課すと脅し、輸入拡大のための数値目標の設定とその履行を日本政府に強く迫った。日本政府はあくまでも数値目標を拒否したが、結局日本メーカー5社が自主的に米国製自動車部品の購入と北米での現地生産を増やすという計画を発表したことで、関税は回避された。

脅しをテコに譲歩を求める場合、その脅しに実効性があるかどうかが重要なポイントとなる。もし脅しに実効性がないことが相手に分かってしまうと、譲歩が得られない可能性が高くなる。この例における脅しはどうであろうか。関税は輸出入国の双方に損失を与える可能性があるし、また、制裁発動によって、お互いに関税をかけあう関税戦争に突入する恐れもある。したがって、日本政府が数値目標を拒否した場合、米国政府は制裁関税を課さない方が良さそうである。もしこのように日本政府が先読みするのであれば、数値目標の断固たる拒否は合理的な判断となる。

しかし、米国は脅しを公言した以上、それをそう簡単に引っ込めるとは思えない。なぜなら、そこで交渉というゲームが終わってしまうわけではなく、同じような交渉がその後も繰り返し行われ、そこでの交渉力を維持するには、自分が損してでも脅しを実行する必要があるからだ。また、脅しを実行しなければ、米国民や議会からの信用を失いかねない。日本メーカーの計画は、結果として日米両政府のメンツを保ちながらうまく摩擦を収束させた。だが、無理に購入を増やしたことが効率的な資源配分を損なわせた可能性がある。

2005年7月15日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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