やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第2回 米欧航空機摩擦

石川 城太
ファカルティフェロー

通商政策の戦略的利用は、実は長い歴史をもっている。たとえば「最適関税の理論」が明確に論じられたのは、100年ほど前である。これは、関税の賦課はその国で対象となる財の需要の減少をもたらすが、大国であれば、それが直接、世界全体の需要減少につながる、その結果、国際価格、すなわち輸入価格の低下(いわゆる交易条件の改善)が生じ、大国の経済厚生(経済的豊かさ)を押し上げることになる、という理論である。

また「幼稚産業保護論」が唱えられたのは、18-19世紀である。幼稚産業とは、初期段階では国際競争に耐える力を持たないが、一定以上の規模で操業を続ければ生産効率が上がり、最終的には国際競争に耐えうる力を備え自立できる産業をさす。そうした産業を一時保護することで長期的には経済厚生を改善できる可能性がある。

しかし、通商政策の戦略性が大いに注目され、議論されるようになったのは、ゲーム理論が飛躍的に発展し、それを用いた不完全競争(寡占競争)の理論が国際貿易理論にも応用され始めた1980年代である。とくに当時のブランダーとスペンサーによる一連の共同研究をきっかけに「戦略的通商政策」という言葉が生まれた。前回述べた外国独占企業に対する戦略的な関税賦課の理論も彼らによって発表されたものである。戦略的通商政策の典型例として、米欧航空機摩擦を見てみよう。

現在、中型・大型旅客機の市場は米国のボーイングとEU(欧州連合)のエアバスの2社が世界市場で競争を繰り広げている状態(いわゆる複占市場)となっている。エアバスには、EU加盟国から補助金が供与されており、米国は以前からこの補助金を問題視していた。米国はこの補助金を関税貿易一般協定(GATT)や、それを引き継いだ世界貿易機関(WTO)の協定に違反するとして、たびたびGATT・WTOに提訴するなどして争ってきた。

最近、次世代中型機の開発・受注をめぐり、この米欧航空機摩擦が再燃した。5月末に米国がEUを訴える形でWTOに紛争処理小委員会の設置を要請すると表明したのに対し、EUも米政府のボーイングのへの優遇税制などの支援措置が補助金に当たるとして、同委員会の設置要請を決めた。実は、ボーイングの新型機の開発には日本企業も参加しており、その企業に対する政府系金融機関の融資も問題視される可能性もある。この摩擦について次回、ゲーム理論で考えてみたい。

2005年7月13日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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